森七菜が単独初主演作『炎上』で“じゅじゅ”を生きた日々を振り返る「『ほかの誰にもわからない、自分だけの一本』だと思ってくれたら」
「この映画において、『悲しむ』という表現はある意味すごく簡単だった」
本作は実際に歌舞伎町で撮影された。撮影中に興味深い光景を目にすることもあったと、森は微笑みながら話す。「喋りかけてくれる人がすごく多くて。実際に歌舞伎町にいる方に『オレが本物だ!』と言われたり。どの声がけにも、そこにいる人たちが、そこにいることにすごく誇りを持っていることを一貫して感じました。『興味深い』という意味でのおもしろさをすごく感じたし、マインドの勉強にもなりました。プライドを持っている感じや独特の強さみたいなものは、実際にお会いしたほうが言葉で説明されるよりずっと説得力があったし、すごくありがたかったです」。
撮影を通して、歌舞伎町という町の印象に変化はあったのだろうか。「歌舞伎町についていろいろな形で自分から発信している方も多いので、『思っていたのと違う!』みたいなことはあまりなかったです。ただ、いままで第三者としてニュースなどを観ていた時と現場に行ったあとでは、『守られる』ことに対しての基準が変わったように感じています。映画に出てくる、俗にいう“大人”が思う『守る』ということと、彼女たちが思う『守られる』ということは、全然違っていて。お互いが幸せな、すごくちょうどいい場所がいつか見つかったらいいな、と思いながら演じていました。実際の歌舞伎町は、ニュースなどで観るよりもディテールがわかるから、いて楽しいというか。すごくエンタメな感じがして楽しませてもらった気がします。キラキラした目で見ている自分がいました」。
登場人物が抱えているものは重いが、そのなかでも鮮やかな色彩が絶妙なバランスで描かれ、ポップな映像も印象的だ。「悲劇を悲劇として受け取っていない部分がある感じが、ある意味での『強さ』なのではないかと思います。それが正しいとか正しくないとかじゃなくて、強さであり、弱さであるみたいな。多分、いろいろな演出を省いてそのまま映しだせば、ただただ悲劇として受け取れるのだろうけれど、音楽や映像といったギミックのおかげで、彼女たちのフィルターを通した世界を観られているような気がして。私がじゅじゅを演じていた時の目線が、そのまま投影されている感じがして、『監督すごい!』と思いながら観ていました。優しさともまた違う、監督ならでは“寄り添い力”というか。監督にしかないフィルターが私は大好きだし、この映画でさらに大好きになりました」とできあがった映画の感想を、自分の言葉で素直に紡いでいく。
長久監督と参加したサンダンス映画祭で、海外の観客の反応を直に受け取ることができたのも貴重な経験だったと笑顔を見せた森は、本作で初めて味わう感覚があったと説明する。「初めて観た時は自分の反省点がバーっと出てくる感じだったのですが、サンダンス映画祭で2回目を観た時には泣いてしまったんです。自分のお芝居に泣いたのではなく、『この時辛かったなぁ』みたいなことを思って、涙が止まらなくなりました。撮影当時はまったくそんなことを感じていなかったのに、いまさらという感じで(笑)。感情がたかぶっていくにつれて、『あの時はこういう感じだったな』みたいなことを次々と思い出したんです」
「この映画においては、変な言い方かもしれないけれど、『悲しむ』という表現はある意味すごく簡単でした。逆に、楽しくしたり、笑ったりすることにはちょっと努力が必要だったような気がして。そういうシーンのほうが観ていて切なくなりました。第三者としての自分と、じゅじゅを演じた自分の視線が混ざったうえで正常な心に戻った時に、じゅじゅとして受け取ってきた影響や言葉にちゃんと悲しくなっちゃうみたいな。演じている時は役として笑いながら受け流しちゃうところもあったから、なんか不思議な感じでした。初めての感覚です」。
