タイトルの意味、“家”に込めた哲学…『センチメンタル・バリュー』の優しい余韻をヨアキム・トリアー監督&キャストの言葉からひも解く

タイトルの意味、“家”に込めた哲学…『センチメンタル・バリュー』の優しい余韻をヨアキム・トリアー監督&キャストの言葉からひも解く

ヨアキム・トリアー監督の新作『センチメンタル・バリュー』(公開中)は、第78回カンヌ国際映画祭で上映されたのちに多くの人たちの話題にのぼり、受賞最有力として耳目を集めてきた。上映後に19分間続いたとされるスタンディングオベーションは、カンヌ国際映画祭でパルムドールに次ぐグランプリ受賞、そして第98回アカデミー賞では、脚本賞や国際長編映画賞をはじめ、8部門で計9ノミネートを果たすという快挙につながった。ヨアキム・トリアー監督、そして姉妹を演じたレナーテ・レインスヴェインガ・イブスドッテル・リッレオースに現地で取材を敢行。彼らの言葉から、『センチメンタル・バリュー』はなにを伝えようとしているのか、読み解いていく。

「脚本はまるでそれ自体が生命を宿しているかのようでした」(インガ・イブスドッテル・リッレオース)

ヨアキム・トリアー監督最新作は、ノルウェー、オスロを舞台に、ある家族の断片的な時間を2人の姉妹の視点から描いた作品だ。国際映画祭で喝采を浴びてきた監督が今回たどり着いたのは、意外なほど内省的で、普遍的な物語だった。

オスロで俳優として活躍する姉のノーラを演じるレナーテ・レインスヴェ
オスロで俳優として活躍する姉のノーラを演じるレナーテ・レインスヴェ[c] 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE

「本当にすばらしい経験でした」と語るのは、舞台女優の姉ノーラを演じたレナーテ・レインスヴェ。ヨアキム・トリアー監督と組んだ前作『わたしは最悪。』(21)でカンヌ映画祭主演女優賞に輝いた彼女は、今回も監督との深い信頼関係のもとで撮影に臨んだ。「ヨアキムが(この作品で)成し遂げていることは、非常に難しいことですが、同時にとてもシンプルでもあります。人間の経験における、私たち誰もかが共有する非常に個人的なところ、あなたが家族の輪に属しているか否か、家族とは親密か疎遠か。そしてその探求に、多くの愛情と配慮を込めて臨んでいました」と語るが、同時に恐れも感じていたのだそうだ。「彼の演出は、多くの感情を引き起こすので恐ろしい。撮影現場ではみんな、常に涙を流していたように思います。誰も完全に美しい状態ではいられませんでした。なぜなら、新たな気づきを得て、自身の関係性を異なる視点で捉え直したり、家族関係について再考したりするからです。まさに集合的な体験だったと思います」。

家庭を選び息⼦と穏やかに暮らす妹アグネスを演じるインガ・イブスドッテル・リッレオース
家庭を選び息⼦と穏やかに暮らす妹アグネスを演じるインガ・イブスドッテル・リッレオース[c] 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE

歴史研究家の妹アグネスを演じているのは、ノルウェー出身の女優、インガ・イブスドッテル・リッレオース。「脚本が非常に美しく書かれているので、まるでそれ自体が生命を宿しているかのようでした。脚本家の感情的な感性を持って描かれ、役者同士で自然に受け渡し合うことができました」と、トリアー監督とエスキル・ヴォクトによって書かれた脚本を誉め讃え、「私たちには、それぞれの人生において愛する人の存在があります。(脚本に描かれた)強い感情を想像することは非常に容易でした」と、物語や役柄への深い理解を示す。姉妹を演じるレインスヴェと共演歴はないが、演技に対するスタンスが非常に近かったと言う。

「私たちの仕事の進め方は非常に似ていました。どちらも非常に自由を好み、お互いに多くの余地を与え合っているようでした。互いを尊重しながらも遊び心のある方法で撮影を進められたと思います」と、レインスヴェも思い返す。

本作では、国立劇場と国立公文書館というオスロの2つの象徴的な場所での撮影も実現し、これが2人の姉妹が異なる所以、右脳と左脳のメタファーになっている。「ノーラが立つ国立劇場はヘンリック・イプセン(ノルウェーの劇作家)の全作品が初演された場所です。アグネスが研究を進める国立公文書館は、第二次世界大戦と占領期の全記録が保管されている場所です。どちらも言葉を伝える場所であり、合わせ鏡のような二人の姉妹を象徴しています」とトリアー監督は語る。


⻑らく⾳信不通だった映画監督の⽗、グスタヴに扮したステラン・スカルスガルド
⻑らく⾳信不通だった映画監督の⽗、グスタヴに扮したステラン・スカルスガルド[c] 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE

演出家で、家族を捨てて家を出た父親役を演じるのは、ステラン・スカルスガルド。幾層にも折り重なる感情を滲ませた演技で、アカデミー賞史上初の非英語映画での助演男優賞ノミネートとなった。リッレオースは「ステランは、適切な反応を適切なかたちで引き起こしてくれる共演者でした」と語った。さらに、レインスヴェはこう付け加える。「私たち3人が一緒にインタビューを受けると、映画とまったく同じ関係性が現れるんです。彼は本当に伝説的な存在で、その場を支配してとんでもないことを言いだす。そして私は、とんでもないことを言ってしまった父の気を楽にさせようと道化を演じ、自然とそうなってしまうんです」。