香港の巨匠ウォン・カーウァイが語る、自身初のドラマ「繁花」と日本の強いつながり「『東京ラブストーリー』は自分たちの青春を象徴していた作品」
「小田和正の『ラブ・ストーリーは突然に』を使用できたのは大きな喜びでした」
――監督の映画作品では即興や俳優の反応を重視されていますが、本作の演出にもそのスタイルは持ち込まれましたか?
「脚本は制作過程で進化するものだと私は常に信じてきました。“終わり(The End)”が書かれるのは台本の最後のページではなく、フィルムの最後のフレームです。私のアプローチはしばしばジャズのジャム・セッションに着想を得てきました。共有されたキャンバスの中で即興を繰り広げるのです。しかし『繁花』はまったく新しい体験でした。従来の連続ドラマのようには撮影せず、一つ一つのシーンに長編映画と同じ厳密さで取り組み、全話で映画15本分ほどに相当する規模となったのです。プレッシャーは計り知れず、編集を最初から統合したワークフローはより厳密なコントロールと連続性を必要としました。それは容赦のないプロセスで、構造的な即興の余地がほとんどありませんでした。撮影中に“ジャム”できた機会はほんの時折でした」
――本作では多くのヒット曲が使用されていますが、音楽を選ぶ際にどのような基準や考え方を大切にされましたか?また、その具体例として、日本のアーティストである小田和正さんの楽曲を選ばれた理由についてもお聞かせください。
「映画音楽は感情を喚起すると同時に、その時代や場所を示す指標にもなります。1980年代から、日本のTVドラマとポップミュージックはまず香港に影響を与え、その後中国本土に広がり、一つの世代を形作りました。その時代を再構築するには、こうした“時代の声”が必要でした。『繁花』では、クラシックなマンドポップ/カントポップ(中国語の標準語/広東語で歌われるポピュラー音楽)のヒット曲、そして、長年の仕事のパートナーである梅林茂の楽曲から五輪真弓や山口百恵のカバー曲まで、忘れがたい日本の曲が集められています。銀座で玲子と阿宝が出会うシーンでは、吉田正が作曲した『有楽町で逢いましょう』で雰囲気を高めました。
特に小田和正の『ラブ・ストーリーは突然に』を使用できたのは大きな喜びでした。『東京ラブストーリー』は、あの世代の中国の視聴者にとって、自分たちの青春そのものを象徴する決定的な日本のドラマでした。TV放送時、玲子が阿宝の手を引いて銀座の街を駆け抜け、あの象徴的なイントロのリフが流れ出した瞬間のことは、いまでも鮮明に覚えています。中国全土の視聴者が熱狂しました。あの曲が中国国内のドラマで使用されたのは、初めてのことだったからです。それは、まさに人々の“共通の鼓動”であり、一瞬にして彼らを90年代へと引き戻したのです!」
