『果てしなきスカーレット』では悪辣非道な国王に…細田守監督作品における役所広司の重要性と立ち位置の変遷
わずかなセリフの中で、苦悩する娘への愛情を表現『竜とそばかすの姫』すずの父親
細田監督が役所に絶大な信頼を寄せていることは、『バケモノの子』以降の作品すべてに役所へオファーしていることを見れば一目瞭然。3作目のタッグとなった『竜とそばかすの姫』の役どころを振り返ってみて、その見解が改めて確信に変わった。本作は、母親の死をきっかけに心を閉ざしてしまった高知の田舎に住む17歳の女子高生すず(声:中村佳穂)が、「ベル」というアバターで足を踏み入れた50億人以上が集う仮想世界「U(ユー)」で美しい歌声を響かせ、傷ついた竜の姿をした謎のアバター(声:佐藤健)の心の傷を癒やすために奔走するストーリー。
役所はすずと2人で暮らす父親の声を担当したが、登場するのは『未来のミライ』同様数シーンだけで、「すず、どうした?」、「送っていこうか?」、「夕ご飯は?」「(カツオの)たたきとか作ろうか?」といった最低限の会話しかしない。父親と思春期の娘の会話なんてそんなものだろう?と思うかもしれないが、その声のトーンや声量からは、川遊びをしていたよその家の子どもを助けに行き、命を落とした母親の行動がいまだに腑に落ちず、親友のヒロちゃん(声:幾田りら)以外の人とは会話すらままならない娘のことを想う父親の特別な気持ちが伝わってくる。
声高に語るわけでも、言葉を浴びせ続けるわけでもなく、すずが「(ご飯は)いい」と言ったり、首を振ったりすると、「わかった」とだけ言って出かけていく。余計なことを言わない。娘の気持ちがわかっているからこそ、無理に心をこじ開けようとしないし、踏み込まない。寄り添い、見守りながらも節度ある距離感、父親ならではの気遣いが短いセリフに宿っている。それだけに、クライマックスの娘の背中を押す父親の言葉と、娘とのやりとりが胸に染みる。シーン数こそ少ないが、この父親役はかなり重要な役まわり。役所の声がすずの成長の物語をしっかり支えていたことが伝わり、感動がより深まる。
権力のためなら肉親すら蹴落とす『果てしなきスカーレット』宿敵クローディアス
最新作『果てしなきスカーレット』では、悪辣非道な国王を演じている。役所はこれまで、実写映画でのヤクザ役や、『孤狼の血』(18)では暴力団との癒着を噂されるベテラン刑事など荒々しい面を持つ人物を演じているが、本作で声を担当したクローディアスは、人間臭さやチャーミングなところを見せた彼らの演技とはまるで違う。
権力を求め、欲にまみれたクローディアスは、王女スカーレットの父で自身の兄でもあるアムレット王(声:市村)を殺して王になると、貧困に喘ぐ国民のことは一切顧みず、隣国との無意味な戦に兵を送り続ける。しかも、父親の死で悲しみに暮れるスカーレットにも毒を盛り、「自分だけ毒を盛られないと思っていたのか?」と憎たらしい声で吐き捨てる。そこには人間の心は微塵も感じられない。本作を観る者の胸には、スカーレットと同じように怒りと憎しみが込み上げてくる。
細田監督は多分それを期待して、この悪役の声を役所に委ねたに違いない。「死者の国」に堕ちてもなお父の復讐を成し遂げようとするスカーレット。彼女を突き動かす激しい憎悪の炎が消えないのは、クローディアスが自分のことしか考えずに暴走する圧倒的な極悪キャラだからだ。それを声で表現し、説得力を持たせられる声の持ち主は誰なのか?と考えて、絶大な信頼を寄せる役所に行き着いたのだろう。
そんなクローディアスと復讐に燃えるスカーレットがついに対峙するクライマックスはどんな結末を迎えるのか?本当の“強さ”を身につけた王女の物語とそこに込められた大切なメッセージは、悪役に徹した役所の声がなければ語り尽くせなかったかもしれない。
文/イソガイマサト
※宮崎あおいの「崎」は「たつさき」が正式表記
