『果てしなきスカーレット』では悪辣非道な国王に…細田守監督作品における役所広司の重要性と立ち位置の変遷

『果てしなきスカーレット』では悪辣非道な国王に…細田守監督作品における役所広司の重要性と立ち位置の変遷

『サマーウォーズ』(09)、『バケモノの子』(15)、『竜とそばかすの姫』(21)などの話題作で、世界中のファンを魅了し続けてきた細田守監督の最新作『果てしなきスカーレット』が11月21日より封切りとなった。

本作は、細田監督が復讐に燃える中世の王女スカーレットの見果てぬ冒険の旅を描いた壮大なエンタテインメント作品。複雑な内面を持つ19歳のスカーレットを当時19歳の芦田愛菜が演じ、岡田将生、山路和弘、柄本時生、青木崇高、染谷将太、吉田鋼太郎、斉藤由貴、松重豊、市村正親といった錚々たるボイスキャストが脇を固めているのも話題だが、注目したいのは、スカーレットの父親を陥れて処刑し、王位を奪った彼女の因縁の敵=クローディアスの声を役所広司が担当していることだ。

役所が細田監督の作品に参加するのは、『バケモノの子』、『未来のミライ』(18)、『竜とそばかすの姫』に続いて今回が4作目。だが、ここまで冷酷非道な極悪キャラに挑んだのは初めて。このキャラクターをどんな声で体現し、スカーレットの憎悪を掻き立てたのか気になるところ。そこで本コラムでは役所が担当した過去の細田作品のキャラクターたちを紹介しながら、その声が作品にどんな効果をもたらしていたのかを改めて検証。最新作で新境地を切り拓く実力派俳優の声の変遷をたどっていきたい。

粗暴で喧嘩っ早いが、孤独な者に寄り添う優しさも持つ『バケモノの子』熊徹

バケモノが住む世界“渋天街”で指折りの強さを誇る熊徹(『バケモノの子』)
バケモノが住む世界“渋天街”で指折りの強さを誇る熊徹(『バケモノの子』)[c]2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

役所が初めて命を吹き込んだ細田作品のキャラクターは、『バケモノの子』の熊徹だ。母親を亡くし、人間界の“渋谷”で荒んだ生活を送っていた少年(声:宮崎あおい)が迷い込むバケモノの世界“渋天街”に住む彼は、粗暴で自分勝手で口が悪い。名乗らない少年に「オマエはいまから九太だからな!」と言い、「コイツはいまから俺の弟子だ」と周りにも触れ回るものの、「俺はメソメソする奴は嫌いだ!」と毒づいたりもする。親も師匠もない彼は一人で強くなってしまったために、怒鳴り散らすばかりで、適切なアドバイスができず、ことあるごとに喧嘩をする。いつも自分のルールで突っ走るため彼のことを応援する大衆もほとんどいないが、孤独な彼は情に厚く、自分と同じ心に傷を持った者に寄り添う優しさを持ち合わせている。

そんな豪快な言動のなかに細やかな心情が見え隠れする熊徹のキャラクターを、役所は丁寧な演技で表現。大きな声で無茶苦茶なことを頭ごなしに言ったり、「(生卵を)どうしても食わないなら、口のなかに突っ込んでやる!」といった罵声を浴びせるものの、その言葉の端々に役所の声ならではの包み込むような温もりが感じられるから、嫌悪感を抱かない。むしろ、その声質に不器用さや優しさが宿っているので、九太は熊徹に少しずつ心を開き、剣術の指導の時に彼が説く「胸んなかで剣を握るんだよ!」という教えに自然に耳を傾けるようになっていく。

どうしたらそんな声を作りだせるのか?そこには役所自身のおおらかなキャラクターや器の大きさ、相手のことを常に思いやる心があるからに違いない。九太が熊徹に信頼を寄せ、絶体絶命の彼を全力で応援する気持ちになるのも役所の声に説得力があったから。役所が演じる熊徹以外は考えられないほどの適役であるといえる。

数シーンながら、孫や子どもたちへの愛情がにじむ『未来のミライ』じいじ

『未来のミライ』では、主人公くんちゃんの祖父(右)に扮した役所
『未来のミライ』では、主人公くんちゃんの祖父(右)に扮した役所[c]2018 スタジオ地図

役所のそんな趣きのある声は、続く『未来のミライ』にもほんのわずかな温もりをもたらしている。…この文章を目にして、役所広司が声を担当した登場人物なんていたっけ?──そう首を傾げる人も少なくないと思うが、それもそのはず。4歳の男の子が体験するささやかな冒険譚を描くこの作品で役所の声が聞けるのは、日常のちょっとしたシーンだけだから。生まれたばかりの妹、ミライちゃん(幼少期の声:本渡楓)に両親の愛情を奪われた主人公くんちゃん(声:上白石萌歌)が、未来からやってきたミライちゃん(声:黒木華)に導かれて幼少期の母や青年時代の曽祖父であるひいじいじ(声:福山雅治)と出会い、ふれあうなかで成長していく。

建築設計技師の父親が作った斬新なデザインのくんちゃんの家に、ひなまつりの日、ばあば(声:宮崎美子)とじいじがミライちゃんの顔を見にやってくるのだが、役所が声を当てたのはそのじいじの声。そんな役所の声が聞けるのは、「ミライちゃん、じいじだよ」と言いながらビデオカメラを回すものの、それをくんちゃんに邪魔されるくだりと、夕食時に娘の夫にビールを注ぐ時の数シークエンスのみ。けれど、その二言三言だけで孫たちや娘夫婦のことを想う気持ちが伝わり、優しい空気に包まれる。

細田監督はきっと『バケモノの子』で仕事を共にした役所の声に惚れ込み、例え数シーンだけでもその声が大きな効果をもたらすことを知っていたから、“じいじ”役をお願いしたのだろう。その狙いが見事に成功しているのは、本作を観れば明白だ。


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