押井守監督が語る、『天使のたまご』を構成する難解な“メタファー”とその解釈「監督が正解をもっていると思うのがもう間違い」
『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(95)の押井守が原案、脚本、監督、「ファイナルファンタジー」シリーズの天野喜孝が原案、アートディレクションを務めたアニメ『天使のたまご』。本作の公開40周年を記念して制作された『天使のたまご 4Kリマスター』が公開中だ。
その美しい映像と他の追随を許さない圧倒的な世界観で、熱狂的なファンを生んだ本作を、押井監督自身による監修のもと、35mmフィルム原版から4Kリマスター化。第78回カンヌ国際映画祭クラシック部門に選出され、日本公開に先駆けてワールドプレミア上映を果たした。そこでMOVIE WALKER PRESSでは、押井守監督に直撃インタビューを敢行!4K化の過程から、難解と知られる本作の楽しみ方まで語ってもらった。
「昔の作品がもう一度世に出るんだから、仕事をしてきてよかったと思う」
――『天使のたまご 4Kリマスター』版を初めて観た時の感想を教えてください。
「最初はどうだろうという感じだったけれど、完成版を観るとこれはやりがいがあったと思ったよね。これまで何度かやった4Kリマスターのなかで、やりがいという点では『天たま』が一番かな。それはやっぱり細部。制作時、スクリーンでの上映であっても見えない部分がたくさんあったにもかかわらず、この作品はOVAなわけだからほとんどの観客はビデオで観る。そうなると、暗部は全部潰れちゃっている状態。実際はたくさんの描き込みがあったのに、それがまるでわからなかったのが今回、ようやくわかるようになった。デジタルのない時代に、これだけの緻密な仕事をしてくれた当時のスタッフは本当にすばらしい。感謝しかないですよ。
アニメーションは昔のほうが劣っているということは必ずしも当てはまらないことを証明した作品でもあると思っている。人間の手のみで創り出した世界だったので、いまは出来ないことがたくさんある。ゆらゆらと動く女の子の白い髪の毛の動きなんて、いま描ける人はいないと思うよ。『風の谷のナウシカ』(84)から宮さん(宮崎駿)の作品をずっとやっていた保田(道世)さんという方がハンドトレースでやってくれた。もう失われた技術ですよ。あとは美術の(小林)七郎さんの途方もない仕事。背景の上にもう一枚セルを載せてペンでタッチを入れくれた、それも全編、ひとりだけで。お2人とも亡くなったので、そういう意味では継承されないアートになってしまった。ほかにもそういう技術がたくさん散りばめられていて、古いアニメーション=レベルが低いわけではないことを確認して貰えたらうれしいよね。
あとはやっぱり音かな。当時は、この作品はモノラルがふさわしいと思い、そういう録音をした。でも今回、サラウンドにしてみたら、大きな効果があった。とりわけ洪水や魚狩りのシーン。ダイナミックなシーンでの音の回し方が確かにすばらしかった。
40年前の作品、しかもヒットもしてないので、たとえ観たことがあった方でもほとんどが記憶の彼方。改めてスクリーンで観たとしても、最初のバージョンとは比べることすら出来ないんじゃないかな。そういう意味では、かなり別の仕事になっていると思う」
――本作は第38回東京国際映画祭で上映されましたが、チケットは完売だったと聞いています。これは押井さんの過去作を楽しんでいるファンがたくさんいるということですが、そういう状況をどう思われますか?
「『紅い眼鏡』(87)や『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』、そして『機動警察パトレイバー the Movie』(89)などの再上映もあって、そういう1年だったんだなという印象ではあったんだけど、それにしてもなんでこんなに昔の映画ばかり?とは思うよね。別に引退したわけじゃないし、実際いまも新しい企画が進行していて忙しいわけだから、不思議な感覚ですよ。新文芸坐での『押井守映画祭 2025』に来てくれたお客さんを見たら、意外と若い人だったり女性がいたりする。トークイベントの時、この映画を初めて観る人に手を挙げてもらったら半分くらいいるの。濃いお客さんばかりだと思っていたら違うんですよ。昔は独り者のおっさんや自衛官が多かったのに(笑)。ということは、いわゆる“押井信者”ばかりじゃないということでしょ?
そういうこともあって正直、いま、自分がどんな立ち位置の監督なのかわからなくなった。昔はよくわかっていたけど、いまはわからない。自分の立ち位置が変わり始め、潮目も変わったとしか言いようがない。
とはいえ、うれしいことですよ。昔の作品がもう一度世に出るんだから、仕事をしてきてよかったと思うよね。いまの若い人たち、私の作品を初めて観る人たちがどう思うのか見当もつかないけど。でも『天たま』に関しては、そういう危惧はしてない。どんな意見が出てきても不思議じゃない映画だと思っているから」
――最初のOVA発売時はみんなを困惑させてしまいましたからね。
「でも、私はそういう作品が多いんだよね(笑)。後年、改めて公開したら評価が変わっていたという経験を何度もしている。私は映画にはリターンマッチがあってもいい、その権利があると思っているから、いまの状況はやっぱりうれしいですよ。実は『天たま』、海外に権利を売り飛ばされちゃったこともあり、ああこれで永久に私の手を離れてしまったなあとショックだったからね。仕事はやっておくもの。映画の運命は最後までわからないということです」
