軽量化という換骨奪胎のエンターテインメント『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』【小説家・榎本憲男の炉前散語】
小説家で、映画監督の榎本憲男。銀座テアトル西友(のちに銀座テアトルシネマ)や、テアトル新宿の支配人など、映画館勤務からキャリアをスタートさせた榎本が、ストーリーを軸に、旧作から新作まで映画について様々な角度から読者に問いかけていく「小説家・榎本憲男の炉前散語」。第9回は、Netflixオリジナル作品のアニメーション映画として歴代1位の視聴数を記録し、オリジナル楽曲がビルボードHOT100で1位を獲得するという異例の盛り上がりを見せた『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』(Netflixにて配信中)に注目。本作のストーリーの特徴を紐解きながら、それがなぜ現代の観客を魅了したのかについて考えていきます。
物語に軽さを求める観客が、ファミリーアニメでは相当数いる?
『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』(以下、『KPOPガールズ!』と略)の人気の秘密はどこにあるのかが、あちこちで取り沙汰されているようです。ただ、映画のマーケットは非常に複雑ですので、ヒットの要因を要素に還元してもそれで現象を解明したと思わないほうがいい、と僕は思っています。ただ、これを機会にこの作品のほかには見られない特徴について考えてみるのは無駄ではない気がします。さまざまな視点があるかもしれませんが、やはりいつものように構造と欲望に焦点を当てながら、この作品の独自性を見ていきましょう。
先に僕の仮説を書いておきます。この作品の特徴は、物語の時間的な厚みをそぎ落とし、型だけを際立たせ、歌と踊りとコリアンテイストなど、さまざまな意匠を凝らしていることにあります。その一方で欲望は限りなく実存性が薄い。現代的な物語が、実存にまつわる欲望(いま・ここ・この私)を推進力にして語るのに対して、本作はジャンルの型だけで定型的な話をハイスピードでドライブさせます。そしてこの軽さを求める観客が、このようなファミリーアニメでは、かなりの数いるのではないか。――これが僕の仮説です。
『KPOPガールズ!』にみられる、空虚で魅力的な構図
では、最初に本作品の設定ならびに構造について押さえておきたいと思います。
主人公はアイドルグループ、ハントリックスのセンターを務めるルミ。つまり芸能人ですね。芸能を極めようとする人間を主人公にした場合、これは芸を追求したいという個人の欲望と成長を描く、と大体相場が決まっています。ライバルが現れたり、自分の欲望と社会の常識との間で軋轢を生んだりするのですが、どちらにしても、芸を極めたい個人の欲望が壁にぶつかるという構図をとります。
しかし、本作はこの方向へは向かわない。スランプに陥って悩むアーティスト像はほとんど描かれません。アクシデントでうまく歌えなくなるということはあり、曲作りに悩む様子も挿入されたりはしますが、それは才能の壁に直面したアーティストが持つ悩みではなく、むしろ政治的な悩みです。どうしてそうなるのかというと、ヒロインらのハントリックスの歌や踊りは、アーティストの内的宇宙が外に現れ出たものではないからです。簡単に言うと個人の表現ではない。ではなにか? 彼女たちの芸能は、彼女たちの使命なのです。
このグループのパフォーマンスは、歌と踊りで世界を守る“公務の執行”です。この仕組みはかなり凝っていて、彼女たちの歌と踊りがファンを魅了し、歓喜に震えるファンの心がエネルギーを生んでバリア、ホンムーン(実際にはホンムンと聞こえる)となり、世界を守るというしくみになっています。かなり凝っていますね。芸能ものであるのに、個と公が重なって、公のほうが上位に来ているわけです。
世界を守るキャラクターを、映画ではヒーローと呼びます。そして、ヒーローものと呼ばれるジャンルでの内的葛藤(外的葛藤はもちろん「敵を倒せるか」)は、世界を守るという公務を優先するか、私的な欲望を優先するかに引き裂かれることで表現される。スパイダーマンは、隣家の少女(キルスティン・ダンスト)を救うのか、世界を守るのかで悩むし、『ダークナイト』(08)のバットマンは、ゴッサムシティを守るという公務は新しい検事に任せて自分はさっさと引退して好きな女(マギー・ギレンホール)と結婚したいな、なんて思っている(僕は「なんじゃそりゃ!」とスクリーンに向かって叫びそうになりました)。こういう引き裂かれた自己が荒唐無稽なファンタジーにリアルな実存性を与えるものなのですが、そんなものは『KPOPガールズ!』には存在しません。きれいさっぱり削ぎ落とされているのです(おそらく意図的に!)。
つまり、<実存なき個が芸能で世界を守る>という空虚な構図こそがこの作品の奇妙なモチーフであり、魅力につながっているようなのです。
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。

小説家・榎本憲男の炉前散語

 
             
                             
                     
               
             
               
               
                 
       
     
         
         
         
         
         
             
             
            