【ネタバレなし】ダメ男すぎるレオ様、異常性癖な軍人、謎のセンセイ…PTA監督らしい“温かみ”も光る『ワン・バトル・アフター・アナザー』をレビュー

【ネタバレなし】ダメ男すぎるレオ様、異常性癖な軍人、謎のセンセイ…PTA監督らしい“温かみ”も光る『ワン・バトル・アフター・アナザー』をレビュー

ポール・トーマス・アンダーソンの新作!…と襟を正したくなる気持ちは、映画ファンとしてはわからないでもない。世界3大映画祭の監督賞を制覇した鬼才中の鬼才であり、いまやアカデミー賞の常連。今回の『ワン・バトル・アフター・アナザー』(10月3日公開)も、年明けの全米賞レースに確実に絡んでくるだろう。しかし、評価の高い映画を下から見上げてありがたがる鑑賞の仕方はどうもしっくりこない。そこで本稿では、よりフラットな目線で語っていこうと思う。

アンダーソン監督が描き続けた、ユーモアと物語の温かみ

その前に、アンダーソン監督のキャリアを簡単に振り返っておこう。これまで彼が監督を務めてきた長編映画は9本で、いずれも高い評価を受けている。とりわけ、ベルリン国際映画祭監督賞を受賞し、同年のアカデミー賞では最多8部門にノミネートされた『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)は文句なしに代表作。石油王の非道な人間性を描く、冷徹な目線のドラマは、同じくダニエル・デイ・ルイスが主演を務めた『ファントム・スレッド』(17)はもちろん、サスペンスフルな『ザ・マスター』(12)や『インヒアレント・ヴァイス』(14)でも見て取れる。

監督を務めたポール・トーマス・アンダーソン(写真左)
監督を務めたポール・トーマス・アンダーソン(写真左)[c]2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

そんなシリアスな映画の一方で、アンダーソンは時にユーモアや温かみを込めた作品を放つ。1970年代を背景にした青春ドラマである前作『リコリス・ピザ』(21)は、その典型。人間ドラマの温かみは出世作『ブギーナイツ』(97)や群像劇『マグノリア』(99)にも感じることができる。また、情緒不安定の男の恋を描いた『パンチドランク・ラブ』(02)はアダム・サンドラーの主演ということもあり、コメディに振れている。これらはいずれもアンダーソンの出身地、米サンフェルナンドバレーを舞台にしているが、物語の温かみは彼の故郷に対する思い入れから来ているのかもしれない。


“ワン・バトル・アフター・アナザー”というタイトルが持つ意味は?

さて、注目の『ワン・バトル・アフター・アナザー』は、舞台こそサンフェルナンドバレーではないが、明らかに後者の空気の作品だ。アンダーソン作品のなかで、もっとも笑えるものと言っても過言ではない。さらにアンダーソン作品には珍しい本格派のアクションもあり、スリリングで、エンタテインメントの要素は濃厚。タイトルの“ワン・バトル・アフター・アナザー”とは“戦い、また戦い”という意味だが、まさに本作はバトルの連続。

娘を助けたい!でも秘密の合言葉が思い出せない…
娘を助けたい!でも秘密の合言葉が思い出せない…[c]2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

レオナルド・ディカプリオ扮する主人公ボブは、移民解放を目指す革命組織「フレンチ75」の元戦士。同志の女性と恋に落ち、結婚して、娘が生まれたのを機に一線を退くが、筋金入りの革命家である妻は活動のために家庭を捨てた。それから16年、ボブは麻薬に溺れる日々を過ごしているが、幸い娘のウィラ(チェイス・インフィニティ)は快活な少女に成長。ところが、ボブの因縁の敵だった移民取締局の軍人ロックジョー(ショーン・ペン)が、とある理由からウィラを誘拐しようと動きだす。ボブは娘を守るため、「フレンチ75」の仲間の協力を得て“戦い、また戦い”の日々に戻ることになるのだ。

ヤバすぎ軍人のロックジョーに追われる、ボブの愛娘、ウィエラ
ヤバすぎ軍人のロックジョーに追われる、ボブの愛娘、ウィエラ[c]2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

ボブは過保護と取れるほど娘を愛してはいるが、かなりぐうたらな生活を送っているようで、父親の務めを十分に果たしているようには見えない。革命闘争はいまや過去の栄光で、当時のカリスマ性は皆無。ハッキリ言えば、ダメ男だ。主人公がコカイン中毒によって落ちぶれていく『ブギーナイツ』に通じるものがある。また、「フレンチ75」に電話した際に合言葉を失念して取り次いでもらえず、ブチギレる姿はかなり笑える場面だが、『パンチドランク・ラブ』の癇癪持ちの主人公を思い出させた。

関連作品