実写ならではのノスタルジーを与えつつアニメの魅力も再現。『秒速5センチメートル』から感じる徹底的な原作へのリスペクト

実写ならではのノスタルジーを与えつつアニメの魅力も再現。『秒速5センチメートル』から感じる徹底的な原作へのリスペクト

世界観は踏襲しつつ、実写ならではの魅力を加えた風景

アニメ版ならではのファンタジックな風景表現が魅力(『秒速5センチメートル(2007)』)
アニメ版ならではのファンタジックな風景表現が魅力(『秒速5センチメートル(2007)』)[c]Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

新海作品を象徴する要素の一つが、緻密で美しい美術背景だ。どの作品も実写さながらのリアリティと、アニメーションならではのデフォルメが共存する印象深い美術背景が描かれた。アニメーション版『秒速5センチメートル(2007)』では、美術監督を務めた丹治匠による情景の一枚一枚が、物語に深い余韻を与えている。

アニメ版は鮮やかでファンタジックな色彩が目を引く(『秒速5センチメートル(2007)』)
アニメ版は鮮やかでファンタジックな色彩が目を引く(『秒速5センチメートル(2007)』)[c]Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

小学生の貴樹と明里が交流を重ねた桜の並ぶ路地(『秒速5センチメートル』)
小学生の貴樹と明里が交流を重ねた桜の並ぶ路地(『秒速5センチメートル』)[c]2025「秒速5センチメートル」製作委員会

実写化された本作でも、アニメ版の世界観を継承。雪の列車や岩舟駅、夜の雪原に立つ幻想的な桜の木など、印象的なビジュアルが貴樹たちのせつない物語を彩った。空の描写も凝っており、真っ青な空に浮かんだ白い雲、午後から夕暮れにかけての微妙なグラデーション、濃さを増しゆく空でわずかに瞬く一番星など、どれもアニメ版に負けない美しさ。広角や望遠といったレンズの効果を、手描きアニメーションながらに再現した新海監督らしい画作りも生かされている。

貴樹のフィルターを通さない、リアルな明里像

【写真を見る】30歳を間近に控えた、社会人の貴樹を松村北斗が演じる(『秒速5センチメートル』)
【写真を見る】30歳を間近に控えた、社会人の貴樹を松村北斗が演じる(『秒速5センチメートル』)[c]2025「秒速5センチメートル」製作委員会

貴樹を演じたのは松村北斗。声優として『すずめの戸締まり』(22)に参加した松村にとって2度目の新海ワールドだ。新海が描くキャラクターの特徴は、親しみやすくプレーンなルックと繊細な感情表現。シリアスからラブコメまで、ジャンルを問わず説得力ある芝居で作品世界に溶け込む松村はまさに適任といえる。本作でも過剰に役を作り込むことなく、閉じた世界に生きる貴樹を好演。アニメ版ではスポット的な登場だった恋人、理紗(木竜麻生)との空虚な関係性を含め、存在感あるキャラクターに仕立てている。自分の世界にこもり始めた高校時代の貴樹を演じた青木柚、明里への一途な思いがにじむ小中学生時代の上田悠斗も、原作を踏襲しつつ松村にも通じる雰囲気の持ち主で、キャスティングの妙味が光る。

小学校卒業と共に引っ越した明里(『秒速5センチメートル』)
小学校卒業と共に引っ越した明里(『秒速5センチメートル』)[c]2025「秒速5センチメートル」製作委員会

そして、実写版において最も特徴的なのが明里の存在だ。アニメ版ではおもに貴樹というフィルターを通して語られた明里が、本作では大きくドラマに絡んでくる。貴樹と逆に、過去を乗り越えいまを生きる姿は新海による小説版に近いイメージ。演技派の高畑充希が持ち前の明るさを生かしつつ、明里らしい穏やかさが見え隠れするキャラクターとして演じている。一方、子ども時代を演じた白山乃愛はアニメ版に忠実で、特に雪の岩舟での貴樹との再会シーンを盛り上げた。

サーフィンに熱中する女子高生の花苗を演じるのは森七菜(『秒速5センチメートル』)
サーフィンに熱中する女子高生の花苗を演じるのは森七菜(『秒速5センチメートル』)[c]2025「秒速5センチメートル」製作委員会

回想シーンで存在感を放ったのが、森七菜が演じた花苗である。恋愛下手で貴樹への募る想いに悩む彼女は、アニメ版ではただ一人感情を表に出す共感度の高いキャラクター。うれしい時には満面の笑みを浮かべ、悲しい時にはボロボロと涙を流す花苗を森が圧倒的な存在感で演じ切った。花苗の姉、美鳥を演じた宮崎、そして、貴樹の転職先であり明里が本を届けることになる科学館の館長、小川役の吉岡秀隆も新海ワールドにぴったりだった。


アニメ版に通じながら新たな世界を作った江崎文武の繊細な劇伴、原作の主題歌だった山崎まさよしの「One more time, One more chance」が違った意味合いで劇中歌として使われたり、貴樹と明里の出会いをモチーフに米津玄師が主題歌「1991」を書き下ろすなど音楽面でもトピックの多い本作。オリジナルを継承しながら、新たな作品として生まれ変わった映画『秒速5センチメートル』をスクリーンで味わってほしい。

文/神武団四郎

※宮崎あおい、江崎文武の「崎」は「たつさき」が正式表記

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