A24が才能を認める『愛はステロイド』ローズ・グラス監督の映画作りの原点とは?「奇妙な世界の入口を案内してくれたのが、デヴィッド・リンチ」

A24が才能を認める『愛はステロイド』ローズ・グラス監督の映画作りの原点とは?「奇妙な世界の入口を案内してくれたのが、デヴィッド・リンチ」

「10代で観たデヴィッド・リンチの『イレイザーヘッド』に最も衝撃を受けたかもしれない」

互いを守りたいがための行動で、次第に追い詰められていく2人。苦境から抜け出すことができるのか…
互いを守りたいがための行動で、次第に追い詰められていく2人。苦境から抜け出すことができるのか…[c]2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

そのキャストたちに、グラス監督が参考にしてもらったという映画がある。ポール・ヴァーホーヴェンの『ショーガール』(95)、デヴィッド・クローネンバーグの『クラッシュ』(96)、塚本晋也の『六月の蛇』(02)、そしてヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』(84)だ。ローズ監督自身は、これらの作品をどのように参照したのだろうか。

「なにか特定のシーンというわけでなく、これらの映画の全体的なトーン、クロスオーバーする部分をイメージしました。『六月の蛇』は、ストーカー行為に巻き込まれる女性が、その行為に陶酔する物語ですが、独特の“官能”をクリステンとケイティに参考にしてもらいましたね。汗ばんだ感じやバイオレンス、フェティッシュな側面、そして雨の使い方など、『東京フィスト』も含めて塚本作品の直感的な演出は、映画を観る私たちを登場人物の奇妙な精神状態と一体化させると思うのです。『ショーガール』の過剰に動き回るカメラワークも、観る者の心を攻撃的につかむと感じて参考にしましたし、俳優たちには“大胆な演技も許される”という見本になるでしょう。『クラッシュ』は官能性やセクシュアリティの描き方の指針でしたね」。

ポール・ヴァーホーヴェン監督の『ショーガール』からは、カメラワークや観客の感情のつかみ方を参考にしたとか
ポール・ヴァーホーヴェン監督の『ショーガール』からは、カメラワークや観客の感情のつかみ方を参考にしたとか[c]Everett Collection/AFLO

「官能性やセクシュアリティの描き方の指針」と明かすデヴィッド・クローネンバーグ監督の『クラッシュ』
「官能性やセクシュアリティの描き方の指針」と明かすデヴィッド・クローネンバーグ監督の『クラッシュ』[c]Everett Collection/AFLO

愛はステロイド』は1989年を舞台に、ルーとジャッキーの関係と共に、ルーの父親の裏稼業、ルーの姉が被る家庭内暴力なども展開していく。「これらのトピックは時代を超える普遍的なもの」というグラス監督。1990年生まれの彼女が、あえて80年代を描いたこだわりも気になる。

「80年代の再現ではデザイン面、全体の雰囲気作りを楽しみました。ただ懐古主義や模倣は避け、ルーとジャッキーのやり取りなどは現代に通じるように演出しています。1989年はインターネットが出現する前の時代で、どこでもオンラインでつながる現代であれば、このような物語は成り立たないでしょう。不思議なことに、現在を舞台にした作品でも、スマホやネットで簡単にコンタクトできる描写は、あまり好まれませんよね?つまり少し過去の設定にすれば、これらを回避できるわけです。強いて本作の80年代的な感覚を挙げるとしたら、『強欲は善。大きいことこそすばらしい』というアメリカンドリーム。その部分をジャッキーに体現させたことでしょうか」。

タイトルに“愛”というワードが入っていることからわかるように(原題も『Love Lies Bleeding』)、「ルーとジャッキー、2人の関係性。執着し、反発しながら相手に惹かれる心理を探求した」と、作品のテーマを強調するグラス監督。『セイント・モード/狂信』に続いて高評価を受けたことで、さらにオファーも増えそうだが、とりあえずいまは「オリジナルの物語を作り続けたい」という姿勢を貫き、次回作のために複数の物語を構想していると明かす。

グラス監督が、今後どんな映画作家として進化していくのか?『愛はステロイド』を観た人の多くは、想像を膨らませるはずだが、その手がかりとして、映画の道に進もうというきっかけを作った作品について聞いてみた。

10代のころに観て影響を受けたというデヴィッド・リンチの『イレイザーヘッド』
10代のころに観て影響を受けたというデヴィッド・リンチの『イレイザーヘッド』[c]Everett Collection/AFLO

「難しい質問ですね(笑)。多くの作品に、いろいろな方向で魅了されてきましたから。幼いころに『アルゴ探検隊の大冒険』の動くガイコツを見て、『わぁ、すごい!誰が作ったんだろう』と驚いたのを覚えています。あとで調べたらレイ・ハリーハウゼンでした。そしてやはり子ども時代に『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズが公開され、初めて舞台裏つまり製作現場の映像に接し、『映画作りはこういうものか』と、そこに注ぎ込まれるイマジネーションや創造力を実感しました。創造性という意味では、10代で観たデヴィッド・リンチの『イレイザーヘッド』に最も衝撃を受けたかもしれません。一般的に人気の映画ばかり観ていた時期だったこともあり、『私はなにを観ているの?これはなに?こんなふうに映画を作ってもいいんだ』と、周囲に自分のことを理解してもらえない当時の不安が払拭された気がします。私に奇妙な世界の入口を案内してくれたのが、リンチでした」。

デヴィッド・リンチのように、さらに規格外の世界へ案内してくれそうなローズ・グラス監督。今後もますます注目の才能になることだろう。


取材・文/斉藤博昭

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