『天使のたまご』は許してもらえない?押井守が追求する“境界線”と、意図的にジャンルを越えるC・ノーラン監督作【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」第1回後編】

インタビュー

『天使のたまご』は許してもらえない?押井守が追求する“境界線”と、意図的にジャンルを越えるC・ノーラン監督作【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」第1回後編】

独自の世界観と作家性で世界中のファンを魅了し続ける映画監督・押井守が、Aだと思っていたら実はBやMやZだったという“映画の裏切り”を紐解いていく連載「裏切り映画の愉しみ方」。第1回後編では、前編に引き続きクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』(10)を取り上げ、独特な映画の愉しみ方を語り尽くします。

押井守監督が映画の愉しみ方を語り尽くす!
押井守監督が映画の愉しみ方を語り尽くす!撮影/河内彩

「手痛い挫折から学ぶ。監督はそういう経験をするもの」

――さて、新連載「裏切り映画の愉しみ方」の第1回後編です。お題はクリストファー・ノーランの『インセプション』。前編では、ノーランは映画の枠と映画の構造の違いを熟知している監督だから、想像していた内容と本編に大きな差が生まれる。そこが彼のいい意味での裏切りになるとおっしゃっていました。また、押井さんの仕事仲間、樋口真嗣さんが言い始めたという“監督の椅子取りゲーム”の話。それぞれの監督がかつての名監督やヒットメーカーが座っていた椅子を巡って争うなか、ノーランは独自の椅子を自作したのではないかという話でした。押井さんの場合は、自分なりの椅子をカスタマイズしようとした『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84)は大成功し、よりカスタマイズを進めたそのあとの『天使のたまご』(85)は大失敗したという話です。ただ、この『天使のたまご』、公開40周年を記念して劇場公開されることになっています。

「そうなんだよ。4Kリマスター版が11月14日(金)に劇場公開(※11月14日ドルビーシネマ先行、11月21日公開)されることになった。OVAとしてつくった作品なので、劇場にかかるのはほぼ初めてじゃないかな。自分の好きなものをこれでもかと詰め込んだ作品なので正直、この蔵出しはうれしいね」

――押井さんはよく、わけのわかんない映画のほうが寿命が長いとおっしゃっていますが『天たま』は、まさにそのとおりの作品ではないでしょうか。普遍的な聖書の要素が強いせいもあってか、いま観てもまったく古さは感じませんでした。ストーリーのほうは相変わらず、よくわかりませんが(笑)。

「はい、みんなそういう感想です(笑)。自分にとってはチャレンジングだった『ビューティフル・ドリーマー』で失敗して干されるかもと思っていたのに、そこはなぜかちゃんとクリアし、『天たま』で3年間、干されることになっちゃった(笑)。
でも、その3年間にいろんなことを学び、おかげで『機動警察パトレイバー』シリーズでは、着実にお客さんの納得できるものを目指して作ることができたんです。ノーランと同じようにエンタメ要素を満たし、最後まで飽きさせないためにミステリやサスペンス要素を加えと、あらゆる手練手管を繰り出した。そのなかで、自分の本当にやりたいこと、考えていることをカタチにしていったんです。それは手痛い挫折から学んだこと。監督はそういう経験をするものだと思うよ」

挫折せずに撮り続けているのがノーラン監督のすごさだという
挫折せずに撮り続けているのがノーラン監督のすごさだという撮影/河内彩

――でも押井さん、ノーランは挫折してないんです。

「それが彼の凄いところだよね。しかも小手先ではなく力業で映画を撮っているにもかかわらず、ちゃんと撮り続けている。“続けられる”監督はそうはいません。さらに挫折までしてない監督になると、ほとんどいない」


「『TENET』はよくもまあ、こんな映画を撮ったなあと思いましたよ」

――(スティーヴン・)スピルバーグだって、好きなことを詰め込みまくった『1941』(79)はヒットもしなかったし叩かれたのに。『ジョーズ』(75)の大成功でテングになったのかもしれないけど、ノーランはたとえ『オッペンハイマー』(23)でアカデミー賞を獲ったとはいえ、テングにはなってないんでしょうか?

「どうなんだろうね。『インセプション』のあとに撮ったオリジナル脚本の『インターステラー』(14)なんて難易度が加速し、『TENET テネット』(20)ではより加速した。よくもまあ、こんな映画を撮ったなあと思いましたよ。時間が逆行するので撃った弾が戻って来るとか、1枚のガラス板をはさんで、向こうとこちらでは時間の流れが逆とか。『ダンケルク』(17)でも時間をいじっていたから、“時間”を映像でどう表現するのかに興味があるんだと思う。
そういう嗜好のなかで、もっとも上手くいったのが『インセプション』だったということです。『インセプション』の場合は時間軸を操作することで映画的な緊張を作りだし、そのなかに個人的なテーマを入れておくという構成。『TENET』は正直、時間の逆行のイメージを持ち切れなかった。多くの人がそうだと思うけど、それでもちゃんといい数字を残すのはアクションやSF的表現に手を抜いてないからだよ、何度も言っちゃうけど。とりわけすばらしかったのは冒頭の劇場襲撃シーン。あんな撮影、普通の監督では到底無理。ちゃんとスケール感をキープしつつ、キレのいいアクションを繰り出していたでしょ?普通はどちらかになっちゃうものなんです。両方を満たせる監督は数えるほどしかない」

【写真を見る】押井守も絶賛する『TENET』冒頭シーン!IMAXカメラを覗き込むノーラン監督がイメージするものは?
【写真を見る】押井守も絶賛する『TENET』冒頭シーン!IMAXカメラを覗き込むノーラン監督がイメージするものは?[c]EVERETT/AFLO

――リドリー・スコットはできているのでは?

「サー(リドリー・スコット)くらいなんじゃないの。私に言わせれば、集団戦闘シーンを撮らせるとサーの右に出る者はいません。サーの『キングダム・オブ・ヘブン』(05)と、(ウォルフガング・)ペーターゼンの『トロイ』(04)を比べると一目瞭然。『トロイ』はスケール感、まったく感じなかったから。やっぱり昔のデヴィッド・リーンのような監督はほとんどいなくなっちゃったんだよ」

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数量限定受注生産で販売中!
数量限定受注生産で販売中![c]YOSHITAKA AMANO [c]押井守・天野喜孝・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ


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