気鋭監督JT・モルナーが『ストレンジ・ダーリン』で追求したユニークなホラー映画作り「映画監督になる前から、お化け屋敷の創造に関わってきた」
こんなにも驚きに満ちたスリラーは珍しい。ホラー小説の大家スティーヴン・キングや「ハンガーゲーム」シリーズのフランシス・ローレンス監督ら名だたる目利きたちが称賛した『ストレンジ・ダーリン』(7月11日公開)。シリアルキラーの恐慌が世間を騒がせているなかで、レディ(ウィラ・フィッツジェラルド)とデーモン(カイル・ガルナー)という一組の男女の駆け引きが繰り広げられ、そこから次々と意外な事実が発覚する物語。観進めるほどに予期せぬ出来事が起こる展開は巧妙というほかにない。先入観なしに観てほしいので、映画の中身の説明はこれくらいにとどめておこう。
監督のJT・モルナーは本作で一躍、注目を集めた俊英。本作のステップを経て、スティーヴン・キングの小説「死のロングウォーク」の映画化である『THE LONG WALK(原題)』(全米9月12日公開)の脚本家にも抜擢された。今後ますます注目度が高まりそうな彼だが、まずは『ストレンジ・ダーリン』をチェックしないことには始まらない。この独創的なホラーは、どのようにして生まれたのか?モルナー監督に話を訊いた。
「お化け屋敷の運営に関わった経験が、この映画に反映されています」
本作でまず驚かされるのは、冒頭だ。「6章からなる物語」というテロップが出たと思いきや、いきなり第3章から映画はスタートする。逃げる女と追う男の攻防は第4章を飛び越して第5章に進み、その次にはレディとデーモンが出会った直後の第1章に戻るという、時間が錯綜する構成なのだ。時系列順に第1章から並べることも可能だが、これを避けることで意外性に満ちたドラマが生まれた。驚くべきことに、モルナー監督は時系列順ではなく、この映画の章の順番に沿って物語を創造していったという。「脚本の執筆も映画の章の順に行いましたが、これはおもしろいプロセスでした。この順番だからこその、驚きがあります」と、彼は語る。
彼の頭の中では、この流れが自然なものだったが、共にこの映画を作った仲間には、必ずしもそうではなかった。「おもしろいことに、レディ役のウィラ・フィッツジェラルドは自分の役を理解するために、脚本を章の順番に並べ替えて読んでみたそうです。彼女は、当然、私もそうしていると思っていましたが、私はやったことはありません。また、完成後にスタジオが時系列順に編集したこの映画を見せてくれましたが、私が考えもしなかったことだったので、なんとも奇妙な体験でした」そしてモルナーは、「もしも最初に時系列順の脚本を書き、それを切り刻んでつぎはぎしたら、こんなにうまくはいかなかったでしょう」と振り返る。
観客を驚かせることに長けたモルナー監督だが、それもそのはず。彼の実家はラスベガスでお化け屋敷を経営しているのだ。モルナー自身も、普段は家業を手伝っているという。「父からお化け屋敷の運営について教わったことは、この映画に反映されています。私は映画監督になる何年も前から、お化け屋敷の創造に関わってきましたから」とは彼の弁。
お化け屋敷では50人もの演者を演出しているというから、かなり大がかりなものであるようだ。「お化け屋敷と映画が似ている点は、たくさんあります。たとえば、お化け屋敷を企画するとき、父と私はまずそこに登場するキャラクターを作り出し、それに基づいて脚本を執筆します。そしてそこには、スタッフや演者など多くの人が関わっています。もちろん、お化け屋敷の演者への演出は、映画の俳優に対するそれとはまったく異なりますが、つねにクリエイティブなことに注意を払うという点ではどちらも一緒ですね」。こういうバックボーンを踏まえると、モルナーがホラー映画を志向するようになったのは、ごく自然なことだったのかもしれない。
『ストレンジ・ダーリン』のプロダクション自体も、家族のように親密なスタッフによって行なわれた。たとえば、編集のクリストファー・ロビン・ベルは古くからのつきあいで、モルナーの長編デビュー作『OUTLAWS AND ANGELS(原題)』(16)に続いての参加。「クリストファーとはクリエイティブの面で、友情を越えた深い結びつきがあります」とモルナーは語る。そして今回はもうひとり、新たに信頼できる人間が加わった。音楽を手掛けたシンガーソングライターのZ・バーグだ。
バイオレントな映像に、静謐で不気味な楽曲を添えたバーグ。「Zとの仕事は特別なコラボレーションでした。彼女の曲が好きだったので、この映画の脚本を送り、『あなたの曲を使わせてほしい』と頼みました。そうしたら、Zは『すべて書き下ろします』と言ってきた。私にしてみれば願ったりでした」と、バーグは脚本に夢中になって積極的にプロジェクトにかかわるようになってくれたという。
「彼女は、この映画の主人公を演じたいとまで言ってくれたんです。そこまで入れ込んでくれたから、このコラボはうまくいったのでしょう。彼女が送ってきたオリジナル曲は完璧で、ある意味、もっとも楽な作業でもありました。レナード・コーエンとジュリー・クルーズが一体となったような、すばらしいナンバーでした」とモルナー監督は語り、バーグはすでに次回作への参加も決定しているとのことだ。