ルッキズムを風刺するA24の不条理劇『顔を捨てた男』、アーロン・シンバーグ監督を突き動かした内面的葛藤と衝撃の出会い「アイデンティティ・クライシスを経験しました」
独創的な作品を世に送り続けているスタジオA24と、気鋭の映画監督アーロン・シンバーグがタッグを組んだスリラー『顔を捨てた男』(公開中)。隣人で劇作家を目指すイングリッド(レナーテ・レインスヴェ)に心を惹かれながらも、自分の気持ちを押し込めて生きるエドワード(セバスチャン・スタン)は、外見を劇的に変える治療を受け、念願の新しい顔を手に入れる。別人として順風満帆な人生を歩みだした矢先、目の前に現れたのは、かつての自分の“顔”にそっくりな男オズワルド(アダム・ピアソン)だった。その出会いによって、エドワードの運命が狂い始めていく…。
「アダム・ピアソンがいかにすばらしい俳優であるかを人々に示したかったんです」
第74回ベルリン国際映画祭にて最優秀主演俳優賞(銀熊賞)、第82回ゴールデングローブ賞では最優秀主演男優賞(ミュージカル/コメディ)を受賞したほか、第57回シッチェス・カタロニア国際映画祭で最優秀脚本賞、第34回ゴッサム・フィルム・アワードで最優秀作品賞を受賞するなど数多くの映画賞に輝いたA24製作の野心的な作品を手掛けたのは、2018年の『Chained for Life』で注目されたシンバーグ監督。自身も口唇口蓋裂を治療した経験がある監督が、外見的な違いを持つ人々の内面や社会との関係性を深く掘り下げた意欲作について語った。『Chained for Life』で注目されて以来、5年ぶりの新作となった背景について、シンバーグ監督は率直に語る。
「正直に言うと、私の怠け癖が作用して脚本を書くのが遅れてしまった部分もあります。でも、それ以上にコロナ禍による影響が大きかったんです。なんの映画も製作されていない状況でしたから。私はいつも、いくつかのアイデアが一つにまとまるまで待つようにしています。『顔を捨てた男』のアイデアは『Chained for Life』の直後からありましたが、アイデアを熟成させて、この物語はいったいどこに向かうのかを見極める必要がありました。そして、すべてがまとまった時、とてもすばやく脚本を書き上げることができました。第一稿がそのまま映画になりました」。
監督によれば、今作は『Chained for Life』の「コンパニオン・ピース(対をなす作品)」だという。その理由は、監督の体験そのものから生まれた物語だからだ。
「例えば、(『Chained for Life』に主演した)アダムと一緒に仕事をした経験から。彼の演技は過小評価されていると感じました。誰もが、アダムは自分自身の一部を抽出したような内気な男を演じていると思っていました。でも私は、彼と一緒に映画を作った経験から知っていたんです。彼が実はとても外向的で、カリスマ性のある人間だということを。そして『Chained for Life』での彼の演技がとても繊細に組み立てられていたことを。だから、次回作では彼の演技の幅を見せられる役を書きたかったし、彼がいかにすばらしい俳優であるかを人々に示したかったんです」。
「アイデアの多くが『Chained for Life』から生まれました」
しかし、『顔を捨てた男』の核心にあるのは、シンバーグ監督自身の内面的な葛藤だった。
「私はアダムの人格に衝撃を受けました。彼は、“自分の肌”のなかでとても快適に過ごしています。私にも、彼ほど極端ではありませんが、口唇口蓋裂がありました。それが私の人生全体を決定づけてきました。私はとても内向的で、他人を恐れ、多くの場面で自分自身を恥じています。アダムと出会い、ある種のアイデンティティ・クライシスを経験しました。『私は違う人生を送れたのだろうか?自分が抱える問題のうち、どれだけが自分で作りだしたものなのか?どれだけが自分の外見的な特徴に基づいているのか?』と考えました。そして最終的には、『アダム自身の人格のうち、どれだけが防御メカニズムで、社会の視線に対処する彼なりの防御策なのだろうか?』という疑問も生まれました。こうした疑問すべてが映画のインスピレーションになっています」。
さらには、前作に対する批判も新作の動機となった。イギリス出身のピアソンは、神経線維腫症1型の当事者として障害者の権利向上に取り組む活動家でもある。俳優としては『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(13)に出演し、『Chained for Life』の主演では高い評価を受けた。
「『Chained for Life』でアダムを起用すること自体が搾取的だと批判を受け、とても悩まされました。私にとって、障害があるキャラクターを演じるために、当事者をキャスティングすることは進歩だと思っていました。それが本来あるべき姿です。もしそれができないなら、特殊メイク前提で、(当事者ではない)俳優をキャスティングするしかありません。それは私にとって必ずしも適切な表現ではありません。だから、一つ映画のなかで両方をやろう、特殊メイクのキャラクターもアダムも登場させて、二つのキャラクターを戦わせようというアイデアが生まれ、これらすべてが一つにまとまったんです。その多くが『Chained for Life』から生まれて、『顔を捨てた男』のインスピレーションになりました」。