「誰かが決めた1秒ではなく、自分のための1秒を生きる作品」映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』役者“綾野剛”に迫る証言映像
福田ますみのルポルタージュ「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」を映画化した『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』(6月27日公開)。今回、共演陣が綾野剛の魅力を本編、メイキング映像とともに語る特別映像が解禁となった。
2003年、小学校教諭の薮下誠一は、保護者の氷室律子から児童、氷室拓翔への体罰で告発された。体罰とはものの言いようで、その内容は聞くに耐えない虐めだった。20年前、日本で初めて教師による児童へのいじめが認定された体罰事件。報道をきっかけに、担当教輸は「史上最悪の殺人教師」と呼ばれ、停職処分になる。児童側を擁護する550人の大弁護団が結成され、民事裁判へと発展。しかし、法廷は担当教諭の完全否認から幕を開けるのであった。
主人公の薮下誠一を演じるのは、近年『ヤクザと家族 The Family』(21)、『カラオケ行こ!』(24)など国内外で高く評価される作品への出演が相次ぎ、2024年には「地面師たち」で社会現象を巻き起こした綾野剛。そして監督は、『悪の教典』(12)、『初恋』(20)、『怪物の木こり』(23)など映画での活躍は言わずもがな、2025年にはテレビドラマ「新・暴れん坊将軍」でも監督を務め精力的に活躍の場を拡げ続ける三池崇史が担当する。また、共演には柴咲コウ、亀梨和也、木村文乃、光石研、北村一輝、小林薫ら豪華キャストが勢揃い。先日、主題歌がキタニタツヤによる書き下ろし楽曲「なくしもの」に決定したことでも話題を集めている。
解禁されたのは、綾野へのインタビューと共に豪華6名の俳優陣による役者”綾野剛”についての魅力を語る映像。綾野は、薮下誠一という人物像について「答えがすごく多い人」と表現。「小学校の先生のイメージは時代ごとに更新されている」と前置きした上で、「2003年という時代を目で見えるもので代表的に表現してしまうと、人物像はなかなか見えてこない。だから、その人の生活にどれだけ馴染んでいるか(=印象に残らなくていい)ということを意識しました。」と、役に記号的なわかりやすさを与えること以上に、日常に生きる人物として在ることを意識して繊細に演じたことを明かした。綾野の役への向き合い方の一端が垣間見えるインタビューである。以降はそんな綾野に向き合った俳優陣からの役者“綾野剛”へのコメントが続く。
薮下を告発する保護者、氷室律子を演じた柴咲は、綾野について「お芝居に誠実な人で、一つ一つのディティールをきちんと捉えて、どう表現するべきかを常に考えている役者さんだなと思いました」と端的に述べた。週刊誌記者、鳴海三千彦を演じた亀梨は「“生きている現場”を、綾野さんから感じさせてもらいました」と、綾野が生み出す現場と芝居の空気感についてコメント。続いて、薮下を支える妻、希美を演じる木村は「セリフのやり取りから、想像をはるかに超えた誠一さんで来るから、そこにチューニングを合わせに行く作業が大変でもあったし、お芝居ってこういうことだなと思いました。台本に書いていない部分のふくらませ方が、すごくて」と、一番近い存在を演じた立場からコメントを寄せた。自宅でのシーンでは、精神的に追い詰められていく薮下がありのままに映しだされている。我を失いどんどん壊れていく薮下と、そばで見守り、支え、声をかける妻のやり取りは、観る者の想像をもはるかに超えてくる。
また、体罰の訴えや報道への対応に追われる校長、段田重春を演じた光石は「ちょっとした目線の動きとか台詞の間尺、相手を食う感じを、音から拾っているのかなと感じました」と、綾野の細やかな演技について回答。律子側の弁護士大和を演じた北村は「根っこの部分でお芝居をしているように思いました。薮下をどう作るかじゃなくて、“薮下になる”という感じなんです。ほかの作品とも別人だし普段の姿とも違う。現場では、綾野剛ではなく薮下としていました」と述べ、真摯に作品に対して向き合う部分を「僕と一緒ですね…そこカットしないでくださいね(笑)」と、親しみとユーモアを交えて語っている。北村が言うように、確かに“薮下誠一”として存在しているからこそ、ディティールが際立ち、生きたやりとりの中で脚本の行間が埋まり、それが役者“綾野剛”の魅力の秘訣なのかもしれない。
そして、薮下の依頼を引き受ける唯一の弁護士、湯上谷年雄を演じ、数々の作品で共演経験のある小林は「青年だったという当時のイメージ」から年月を経た本作では、「声高に演技していくというよりも、なにかを抱えた揺れる人をやりたいのかなと感じました。(薮下の)逡巡する想いに身を置いて演技しているように思いました」と、綾野の円熟ぶりを評した。綾野と小林が共演したシーンでは、薮下の表情やふるまいから心の中の揺れる感情がにじみ出ている。映画本編での2人のシーンにぜひ注目してもらいたい。
最後に、綾野からの告知コメントで終わるかと思いきや本作を届けるにあたっての綾野の思いが吐露される。どのように本作のことを聞かれて、どう答えたらより多くの人たちに届けられるのか、考えながらも綾野の出した答えは、本作が、ひいては映画というものがなぜエンタテインメントなのかについての一つの回答だった。「映画館で誰の時間を生きるかによって、この作品の見方が大きく変わると思います。誰の時間と共に過ごすかによって、感じ方も匂いも変わる。だから、いろんな人たちの時間を多様に生きてほしいです。それができるのが、映画だと思います。だからエンタメなんだと思います。観終わった後、自分の1秒をこれからどう生きていこうか、そういったことを感じてもらえたら、これ以上の幸せはないかなと思っていますね」と、期待を込めた静かに熱いコメントで締めくくった。
あわせて薮下を取り巻く人間模様と物語の一面が見える場面写真も解禁。特別映像でコメントを寄せたキャストたちと薮下のシーンカットとなっている。薮下を自宅まで追いかける鳴海を切り取ったカットでは、強い言葉で問い詰めるその執拗さに、薮下が恐怖を感じ怯えている様子が窺える。段田校長は、報道された週刊誌の記事を見て、苦い表情を浮かべている。雨が降りしきる中、傘を持たずにたたずむ湯上谷弁護士の姿は、薮下の行く末を懸念しているかのようだ。一方で、550人もの大弁護団を率いる大和弁護士は、一点を見つめたままの律子のそばで、冷静に裁判を進める。そして、証言台に立つ薮下。世間からの風当たりが強い中、すべては事実無根だとして完全否認を続けるが、その結末は…。複雑に交差する人間模様と、物語の様々な一面がうかがえる場面写真となっている。
“薮下誠一”という人物、そして、映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』という作品に並々ならぬ想いで向き合った綾野。そんな綾野の演技をぜひ劇場で堪能してほしい。
文/鈴木レイヤ