非公式だった元祖吸血鬼映画を正統なものに!リメイク版『ノスフェラトゥ』や『死霊伝説』、『ブレイド2』に与えた影響をたどる
『恐怖の交響曲』の存在意義に説得力をもたらす2本のリメイク
なにより『恐怖の交響曲』は、被写体の心理表現を強いコントラストやライティング、あるいは歪んだプロダクションデザインを用いて演出する「ドイツ表現主義」を基に、独特な画作りで「恐怖」を可視化させている。その芸術的な成立は、非公認でありながらも「吸血鬼ドラキュラ」の最良ともいえる映画化レベルに達している。
今回の『ノスフェラトゥ』は、そんなムルナウ版に触発されたエガース監督が、古典が持つ精神を受け継ぎ、それでいて見事な自己演出スタイルへの変換を施すことで、偉大なるクラシックを現代に堂々と甦らせている。そのアプローチは前述した「アンオフィシャルの正規化」として、『恐怖の交響曲』の存在をバックアップするかのようだ。
また、こうした考えを補強するのが、『ノスフェラトゥ』以前に製作された『恐怖の交響曲』のリメイク『吸血鬼ノスフェラトゥ』(78)の存在かもしれない。ニュー・ジャーマン・シネマの巨匠ヴェルナー・ヘルツォークの手による本作は、独自に変更していた登場キャラクターの名を一部「吸血鬼ドラキュラ」に準拠させ、原作小説と『恐怖の交響曲』とを冥合させたうえ、非公認だったヴァンパイア映画の説得力ある正当化に挑んでいる。
今回のエガース版『ノスフェラトゥ』は、それをより徹底させ、ヘルツォークが独自に施したシニカルな結末を迂回し、『恐怖の交響曲』に最接近していることから、同作への忠誠ならびに「吸血鬼ドラキュラ」を親とする嫡流化をより感じさせるものになっている。正統ではなかった存在が、ますますリアルな質感をまとって本家に迫ろうとするところに、今回の『ノスフェラトゥ』の存在意義を覚える。
ヴァンパイアの恐怖を現代に甦らせたロバート・エガース版『ノスフェラトゥ』
特にネズミの大群を媒介とし、オルロック伯爵がもたらす疫病の蔓延は、新型コロナウイルス感染拡大がもたらした社会混乱や人間関係の分断を想起させ、意訳的に派生したはずのクラシックが、いまなお現代に言及する力を持っていることにリメイクを通じて驚かされる。それはまさしく命の根源である血を求め、永遠の時を生きるヴァンパイアそのものではないか。
文/尾崎一男