主人公の欲望が明確でないと、ストーリーが空転する『シビル・ウォー アメリカ最後の日』【小説家・榎本憲男の炉前散語】

主人公の欲望が明確でないと、ストーリーが空転する『シビル・ウォー アメリカ最後の日』【小説家・榎本憲男の炉前散語】

主人公の“欲望”でみる、『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

近い未来に現実になり得る世界を舞台とした『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
近い未来に現実になり得る世界を舞台とした『シビル・ウォー アメリカ最後の日』[c]Everett Collection/AFLO

ともあれ、たいていの映画では、主人公の欲望が明確になっていないと、どんなに目先をめまぐるしく展開させても、ストーリーが上滑りしている感覚を観客に与えてしまいます。今回取り上げたいのは『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(24、アレックス・ガーランド脚本・監督)です。この作品ではいろんなことがわからない。とにかくアメリカが内戦に陥っているということは明白なのですが、なにが原因でそのような状態に至ったのかは明確に語られていません。この映画の状況はいわゆる“トランプ現象”からはかなりズレています。

ただ、ストーリーの構造はがっちりしている。ベテランの女性カメラマン(キルステン・ダンスト)に憧れる若手女性カメラマン(ケイリー・スピーニー)が、危険な取材旅行に無理矢理同行して鍛えられるというものです。たとえばクリント・イーストウッド監督の『グラン・トリノ』(08)のように、年配の世代が若者を一人前に鍛え上げるという構造はアメリカ映画の十八番です。さらに、A地点からB地点へ危険な移動を敢行するという構造(フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』、ジョージ・ミラーの『マッドマックス 怒りのデス・ロード』、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー、ウィリアム・フリードキンの『恐怖の報酬』など)が掛け合わされる。このかけ算は実にオイシイ。

監督、プロデューサー、主演をクリント・イーストウッドが務めた『グラン・トリノ』
監督、プロデューサー、主演をクリント・イーストウッドが務めた『グラン・トリノ』[c]Everett Collection/AFLO

しかし、キルステン・ダンスト演じるベテランカメラマンもケイリー・スピーニー演じる新米カメラマンも、“欲望”がわからない。「いや、それは明確だろう。目的地までたどり着き、スクープをものにすることだよ」という反論が聞こえてきそうです。ストーリーにおける主人公の欲望は、外的欲望と内的欲望とにわけてみる必要があります。「目的地に到達してスクープをものにする」は外的な欲望です。しかし、新聞記者として、「この内戦をどのように捉え、どのように解決するべきと思っているか」は、二人のヒロインともにまったくわからない。

ジャーナリストとして、『シビル・ウォー』のヒロインたちはどんな“欲望”を抱えていた…?
ジャーナリストとして、『シビル・ウォー』のヒロインたちはどんな“欲望”を抱えていた…?[c]Everett Collection/AFLO

ハリウッド映画である本作は銃撃線などは迫力満点で、見てはいられるし、次々に難所が現れるのでハラハラドキドキもする。けれど、やはりストーリーが空転している感が否めない。内戦が起きているということは、国家の分断が極まった状態であり、国家とはなにか、われわれとは何者かという問題を否応なしに考えずには居られない事態のはずです。しかも二人はジャーナリスト。それなのに、二人の口からこの状況に置ける心情が吐露されないのは、不自然を通り越して異様でしょう。ひょっとしたら、監督がイギリス人であることを考えると、この問題はあえてほうり出したのかもしれません。しかしやはりそれは潔いというよりも怠慢である、と僕は思います。
 
自分のことで言えば、僕は真行寺弘道という刑事を主人公にした「真行寺弘道」シリーズという警察小説を連作していました。警察小説なので、主人公の“欲しいもの”(want/need)は事件の解決だと自動的にセットアップされます。これはジャンルが主人公の欲望を規定しているに等しい。しかし、この表層(たいていの場合は外的)の欲望に対し、深層(内的)の欲望があるはずです。真行寺弘道の場合は、「自由」です。彼はロックミュージックを愛し、帰宅してソファーの前に座ってロックを聴くことを常に願望しています。かつてロックは自由を目指そうとする音楽でした。けれど、警察という不自由な官僚機構の中に身を置きながら、出世を拒否し単独行動しつつ、高級オーディオの前に座ってロックを聴くというのは、真の自由とはほど遠い。その矛盾も彼は自覚している。そして捜査の途中で、時折、自由への闇雲な情念みたいものが彼の中でうずき出す。この複雑さと矛盾を通奏低音として置きたかったのです。


文/榎本 憲男

■榎本憲男 プロフィール
1959年生まれ、和歌山県出身。小説家、映画監督、脚本家、元銀座テアトル西友・テアトル新宿支配人。2011年に小説家、映画監督としてデビュー。近著には、「アガラ」(朝日新聞出版)、「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)、「エアー3.0」(小学館)などがある。「エアー2.0」では、第18回大藪春彦賞の候補に選ばれた。映画『カメラを止めるな!』(17)では、シナリオ指導として作品に携わっている。


小説家・榎本憲男の炉前散語

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