押井守がつくる新ジャンル「コーチ映画」とは?メインテーマは後藤隊長の常套句「みんなで幸せになる」【押井守連載「勝手にジャンル。」第1回前編】

押井守がつくる新ジャンル「コーチ映画」とは?メインテーマは後藤隊長の常套句「みんなで幸せになる」【押井守連載「勝手にジャンル。」第1回前編】

「コーチ映画だけど、技術論や普通の育成話にいかないのがこの映画のおもしろいところ」

――そのジャンルの最初の作品として押井さんが選んだのは『さよならゲーム』です。ロン・シェルトンの監督&脚本、ケビン・コスナー扮するマイナーリーグのベテランキャッチャー、クラッシュが、豪速球を投げられるけれどコントロールがまったくできない若いピッチャー(ティム・ロビンス)の捕手兼教育係を頼まれる。この2人に野球を宗教として崇めるほど大好きな短大の臨時講師(スーザン・サランドン)が絡む異色の野球映画。自身もマイナーリーグにいたことがあるシェルトンだからこそのおもしろさもありますし、セリフもすばらしい。同年のアカデミー賞ではシェルトンが脚本賞にノミネートされました。

『さよならゲーム』、一般的なジャンルでは「ラブコメディ」が一番近い?
『さよならゲーム』、一般的なジャンルでは「ラブコメディ」が一番近い?[c]EVERETT/AFLO

「『さよならゲーム』がなぜ優れているかというと、クラッシュがメジャーリーグから落ちて来た選手という設定にしているところ。彼は苦い挫折を経験している。挫折した人間は人になにかを教える準備ができているんです。人間はどういうところでつまずくのかを身をもって知っているから。なぜ挫折が必要かといえば、人間は挫折からしか学ばないの。挫折したということは、そういう苦い経験をしたということであり、経験しない限りなにも学ばなければ、それを誰かに伝える方法もわからない。名選手は名コーチになれない理由だよね。野球であろうがサッカーであろうが一緒。サッカーでいうと、ディフェンダーでまあまあだった選手が名コーチになる場合が多い」

――それはわかるような気がします。

「挫折した人間は、人になにかを教える準備ができている。そして、そういう失敗を経験すると、そこから立ち直るのは難しい――これが第2の条件だよ。挫折によって、自分は再び栄光には近づけないことを知り、それが誰かを育てようという動機につながる」

「コーチ映画」の条件を解説していく押井監督
「コーチ映画」の条件を解説していく押井監督撮影/河内彩

――クラッシュは自分のことを「野球に愛されなかった」と言っていましたね。自分はこんなに好きなのにって。だから切ない。その一方で、彼の教えを受ける豪速球ピッチャーは「野球に愛されている」って。単純な彼はそんなこと考えもしませんが(笑)。

「その弟子にも条件がある。『さよならゲーム』の場合は、若いピッチャーには育てるに値する才能があった。だからコーチ映画として成立している。そう、弟子はボンクラじゃダメなの。『弟子は優れた才能をもっている』じゃないと実現できない。もっと言えば、これは絶対条件であって、教える側は凡庸でも構わないくらい。もう一つ、そこに付け加えると『なおかつ野望がある』こと。才能はあるけどヤル気のないやつもいるからね。こういうヤツは教えようがない。宮さん(宮崎駿)も言っていたけど、やりたいことで頭がパンパンになっている者に、こっちだよと道筋をつけてあげるのが師匠の仕事だって。その野望はなにも大きい必要はない。有名になりたいとか、お金持ちになりたいでもいい。それ以上になにを実現したいのかが問題――つまり自己実現ですよ。それが頭をパンパンにしている最大の理由。現実の自分が追い付いていないから」

中年キャッチャーのクラッシュと、新人ノーコン投手のヌーク
中年キャッチャーのクラッシュと、新人ノーコン投手のヌーク[c]EVERETT/AFLO

――いまどきの承認欲求もその一つなんですか?

「そういうとみんなピンとくるんだろうね。ユーチューバーでもインフルエンサーでもなんでも、世間に注目されたいんでしょ?しかもいまはわかりやすく、それが定量化している。そうなると数字だけが気になってくるという罠にかかってしまうんだよ。そうして気が付けば自滅している。大体もって5年くらいじゃないの?

一つ問題があるとすれば、彼らには師匠がいない、ユーチューバーは師匠を持てない。これが最大の問題。指導者のいない状況で、ストレートに観客とつながり、ただちに定量化される世界。そもそも師匠なんて入り込む隙間がないじゃないの。だから、私に言わせればユーチューバーの育成講座なんて機能しないんです。安直な方法で師匠は手に入らないから。まずは自分の才能を示し、そうやって初めて師匠が現れる。だから、コーチ映画は両者の条件が一致しないと成立しないんです」

【写真を見る】これも“裏ワザ”!?新人投手をパンツ一丁にさせ、ガーターベルトを装着し投球フォームを矯正
【写真を見る】これも“裏ワザ”!?新人投手をパンツ一丁にさせ、ガーターベルトを装着し投球フォームを矯正[c]EVERETT/AFLO ※写真は『さよならゲーム』

――ということは『さよならゲーム』はその2つが両立していたわけですね?

「そうです。クラッシュはメジャーからマイナーに落ちて来たベテランのキャッチャー。年齢も中年期で、打率もそこそこ。おそらくもうすぐ選手生命はおしまいになるところだったんだよ。でも、そこにすばらしいピッチャーが現れる。驚くべき剛速球を投げるが、驚くほどのノーコンっぷり。そういう彼に必要なのはコントロールを教える人間だけ。自分の利害と一致するわけだけど、そこから技術論や普通の育成話にいかないのがこの映画のおもしろいところなんだよね」

――そうです、そこがすばらしい。なので続きは後編でお願いします!

取材・文/渡辺麻紀


※宮崎駿の「崎」は「たつさき」が正式表記

作品情報へ

関連作品