生や死の先にある“無限の時間”を追い求めるジョシュ・サフディ監督。『マーティ・シュプリーム』までの道、ティモシーと弟ベニーについて【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

生や死の先にある“無限の時間”を追い求めるジョシュ・サフディ監督。『マーティ・シュプリーム』までの道、ティモシーと弟ベニーについて【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(公開中)のプロモーションにおいて、主人公のマーティ・マウザーが乗り移ったように世界を股にかけて走り回っているティモシー・シャラメにこそ及ばないものの、監督のジョシュ・サフディもかつてないほど積極的にインタビューを受けている。ニューヨーク・インディー映画の歴史を引き継ぐサフディ兄弟、とりわけ兄ジョシュ・サフディは、その精神的支柱の一人であるマーティン・スコセッシのように映画の話をし始めたら止まらない。

【写真を見る】フォトグラファーのディレクションに呼応してポーズを決めるジョシュ・サフディ監督
【写真を見る】フォトグラファーのディレクションに呼応してポーズを決めるジョシュ・サフディ監督撮影/黒羽政士

このインタビューでは主に、『マーティ・シュプリーム』の舞台となった1950年代のアメリカと劇中のムードを決定づけている1980年代的なサウンドとポップソングの関係、そして海外のインタビューでもあまり直接的には答えていない“サフディ兄弟監督”解消の理由と同時期に単独監督デビューした弟ベニー・サフディの『スマッシング・マシーン』について訊いた。主演のティモシー・シャラメについては、北米公開から3か月近く経っているということもあり、他に例を見ない彼の作品プロモーションへの意欲の源泉について探りを入れてみた。どれも、ほかのインタビューでは読めない内容になっていると思う。

放っておくとすぐにマーク・フィッシャーやジャック・デリダやジャン=リュック・ゴダールの引用を始めるジョシュ・サフディは、典型的なインディー気質の芸術家タイプの映画監督とも言えるだろう。そして、ニューヨーク生まれのユダヤ系という共通するバックグラウンドがあるとはいえ、いまや世界屈指のポップアイコンでありながらそんなインディー気質の芸術家とも完璧にシンクロできる点において、やはりティモシー・シャラメが特別な俳優であることがわかる。

いまのところサフディ兄弟の最後の作品となった前作『アンカット・ダイヤモンド』(19)が日本をはじめとする多くの国でNetflixを通しての配信公開となったように、映画が映画として存在するのが当たり前ではなくなった時代。『マーティ・シュプリーム』はアートとマーケティングの両輪がフルに加速し続けたことによって、各国で大ヒットを記録し、アワードシーズンで主要作の一端を担い、時代に刻まれる傑作となった。

※本記事は、ネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)を含みます。未見の方はご注意ください。

「『アンカット・ダイヤモンド』完成までの屈辱にまみれた強烈な日々は、『マーティ・シュプリーム』に大きなインスピレーションを与えています」(ジョシュ・サフディ)

「映画のことは監督に訊け」最新回に『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』で来日したジョシュ・サフディ監督が登場
「映画のことは監督に訊け」最新回に『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』で来日したジョシュ・サフディ監督が登場撮影/黒羽政士

ジョシュ・サフディ(以下、ジョシュ)「(刷り上がったばかりの『マーティ・シュプリーム』のパンフレットを受け取って)僕は映画パンフレットを収集しているんですが、きっかけは日本の神保町で映画関連の専門店を見つけたことだったんです。当時、ミュージシャンのトクマルシューゴと仕事がしたくて、神保町のサクラホテルに泊まっていて。一泊30ドルで、相部屋に6人くらいほかの宿泊客がいて、神保町がどういう街なのかも知らないままホテルの近くを歩き回ってました。僕は21歳で、日本の文化に恋をしていたんです。それで、ずらっと並んだ古書店の一軒にたまたま入ったら、何千冊もの映画の書籍や映画のパンフレットがあって、そこからパンフレットの収集が始まりました。いまでは膨大なコレクションを持ってますが、そこに自分の作品のパンフレットを加えることができるのは本当にエキサイティングです。君が書いたのはどのページ?」

ジャパンプレミア当日に会場でも販売された『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』劇場用プログラム
ジャパンプレミア当日に会場でも販売された『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』劇場用プログラム撮影/編集部

――こことここ(作品レビューとダニエル・ロパティンの劇伴についての寄稿)です。

サフディ「ワオ、すごくクールなページですね! (ページをめくる手が止まらず)……オーケー、取材に入りましょう(笑)」

――はい(笑)。今日これから『マーティ・シュプリーム』のジャパンプレミアにあなたは登壇するわけですが、2017 年の『グッド・タイム』日本公開直前の一般観客向けの試写では、自分が壇上で作品の解説をしていたことをふと思い出しました。

ジョシュ「そうだったんですね。その節はありがとう(笑)」

――そう考えると、あれから約10年経って、映画監督としてのあなたのポジションも、作品への注目度も、大きく変わりました。この10年を振り返って、あなたにとってそれはどのような時間でしたか?

サフディ「『グッド・タイム』からの10年よりも、『アンカット・ダイヤモンド』までの10年が自分にとっては本当に困難な旅路でした。『アンカット・ダイヤモンド』の脚本を書き始めたのは2010年で、そこから2019年に作品が公開されるまで、僕は病的な夢想家でした。毎日が、夢にうなされているような切迫感の中にありました。なぜなら、誰も映画の完成を信じてくれなかったから。あの頃の、夢が現実味を帯びなくなるように感じられる日々はとても屈辱的でした。自分を信じてくれない人々を、自分で正当化してしまいそうになる気持ちとも戦わなければならなかったのです。まるで自分の時間を奪ってくる強盗に出くわしたような気持ちに何度もなりながら、夢を実現するための方法を見つけ出そうとしてました。誰かの手に握られた自分の運命を、なんとか強奪する方法ばかり考えてました」

『アンカット・ダイヤモンド』(19)撮影中のベニー・サフディ、ジョシュ・サフディ、主演のアダム・サンドラー
『アンカット・ダイヤモンド』(19)撮影中のベニー・サフディ、ジョシュ・サフディ、主演のアダム・サンドラー[c]Everett Collection / AFLO

――まるで『マーティ・シュプリーム』の主人公、マーティ・マウザーのようですね。

ジョシュ「その通りです。あの屈辱にまみれた強烈な日々は、『マーティ・シュプリーム』に大きなインスピレーションを与えています。10年間、休みなんて1日もありませんでした。ロニー(共同脚本家のロナルド・ブロンスタイン)と脚本を書いていない時は、いつもマンハッタンのダイヤモンド・ディストリクト(宝石街)に実地調査のために足を運んでいました。あるいは、貴重な宝石の展示会があるとそのためにラスベガスに飛んでいました。さらに、たくさんの俳優に会いに行き、映画に投資してくれるお金を持った男たちをなんとか説得しようとして…その道のりには、あまりにも多くの異なる戦いがありました。そして、その戦いの果てで大きな虚無感を抱くようになりました。完全に目的を失ってしまった、夢を失ってしまったと感じたんです。それはとても憂鬱なものでしたし、非常に実存的なものでもありました。僕は大きな虚無感の中、周りを見渡して自分自身にこう問い直すことを強いられました。『夢とはなんなのか?』。『夢とは自分のような孤独な人間のためのものなのか?』。その直後、自分のキャリアに劇的な変化が訪れました。そのプロセスと、その時の感情は、明らかに『マーティ・シュプリーム』に反映されています。ティモシー・シャラメに初めて会ったのは2017年でした。その時、彼の中に自分と重ね合わさる部分を見つけることができたのです」

ティモシー・シャラメの中に「自分と重ね合わさる部分を見つけることができた」と語るサフディ監督
ティモシー・シャラメの中に「自分と重ね合わさる部分を見つけることができた」と語るサフディ監督[c]Courtesy of A24

――闇雲に夢を追いかけている、というところですか?

ジョシュ「そうです。だから、ティモシーとの出会いはごく自然なことでした。そして、2018年になって1950年代の卓球の世界を発見しました。だから、僕は幸運にも自分を現実につなぎ止めておける『アンカット・ダイヤモンド』とは別の炎、別の夢を持つことができたんです。結局、そこからまた6年かかりましたが」

――1950 年代前半を舞台にした『マーティ・シュプリーム』の劇伴や選曲に1980年代のモチーフを当てた理由の一つとして、ロナルド・レーガン時代の80 年代のアメリカが掲げていた理想が50 年代のアメリカだったことだと、あなたは別のインタビューで話していました。それで言うと、現在のアメリカはどのような「時代のサイクル」に入っていると思いますか?時間の間隔でいうと『マーティ・シュプリーム』からレーガン時代までの30 数年と、レーガン時代からドナルド・トランプ時代まで、ほぼ同じ時間が経過しているわけですが。


ジョシュ「現在起きていることは、1950年代から起きていることの続きだと信じています。僕たちはこれをこの先も永遠に見続けることになるでしょう。マーク・フィッシャーも『資本主義リアリズム』で『資本主義の終わりより、世界の終わりを想像する方がたやすい』と書いてましたが、資本主義以外の道はないということは、1980年代からマーガレット・サッチャーのような政治家からたびたび口にされてきましたよね。僕たちが生きているこの時代がその延長線上にあることは間違いないです」

撮影/黒羽政士

宇野維正の「映画のことは監督に訊け」

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