「最後はハッピーな気分に」押井守監督が称賛する、『パルプ・フィクション』での“印象のすり替え”【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」第6回前編】

「最後はハッピーな気分に」押井守監督が称賛する、『パルプ・フィクション』での“印象のすり替え”【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」第6回前編】

「映画の印象を大きく変える“発明”だが、要素が整わないと効果を発揮しない」

――私は上映時間が長すぎると思ったんです。自ら“パルプフィクション”と名乗っているわけだから、90分でおつり、89分くらいでいい。せめて2時間以内にまとめてもらいたいって。

「タランティーノは映画監督である前に熱烈な映画オタクなので、いろいろと詰め込みたい。『レザボア』はそんなに長くなかったけど、この2作目からはほとんど長い。トラボルタがボスの女(ユマ・サーマン)とレストランに出かけ、ドラッグのやりすぎで心臓が止まるというエピソードは無駄といえば無駄だよね。メインのストーリーはトラボルタとジャクソンの2人組が金を回収する話なんだから。あのエピソードを削れば2時間くらいに収まるんじゃないの?」

『サタデー・ナイト・フィーバー』をオマージュしたダンスシーン
『サタデー・ナイト・フィーバー』をオマージュしたダンスシーン[c]EVERETT/AFLO

――でも、多くの人はトラボルタとユマ・サーマンがツイストみたいなダンスをするシーンが大好きなんですよ。『パルプ』と言えばあのシーンという感じじゃないですか。

「見世物としてはおもしろいエピソードだけど、映画としておもしろいわけではない。おそらくトラボルタを出したんだから、踊らせなきゃと思ったんじゃないの?」

――『サタデー・ナイト・フィーバー』(77)ですか。

「そう。だってあれでスターになった役者でしょ。だから、オマージュでもあるんですよ。そういうのをやりたがるのがタランティーノなんだし、そういうのが大好きな映画ファンもたくさんいる。好きな映画に対するオマージュはタランティーノが映画を撮り続ける大きな動機のひとつ。そのダンスシーンもちゃんと演出して上手く着地させているじゃないの。
もうひとつ、いらないと言えばいらないのがウィリスの父親の腕時計にまつわる回想シーン。大切な父親の形見だというのはセリフだけでも済ませられるのに、わざわざ少年時代の彼が時計を手に入れたエピソードを撮っている。しかも、それを持ってきたのが父親の戦友という設定のクリストファー・ウォーケン。贅沢な使い方ですよ。真面目な顔をして『尻の穴に時計を隠した』なんてセリフを何度も吐くからおもしろい。当人も楽しんでやったんだと思うよ。で、その問題の時計を取りに行ったらトラボルタがトイレで雑誌を読んでいた(笑)。

落ち目のボクサー、ブッチを演じたブルース・ウィルス
落ち目のボクサー、ブッチを演じたブルース・ウィルス[c]EVERETT/AFLO

そういうのはタランティーノ独自のおちゃらけというか遊びですよ。映画の評価とはまた別なんだけど、彼のキャラクターの一つではあるんだよね。しんどいシチュエーションであってもおかしさをプラスできるから。ウィリスが捕まるヘンタイ男たちのエピソードもシリアスなんだけど笑えるよね。その店の地下室にヘンタイ部屋があって、ラバースーツを着たヘンな男が出てきて、その側で血を流しているウィリスが椅子に縛られているという危機的状況。にもかかわらず笑えてしまうわけだから。
ああいうエピソードはアメリカならではで、日本じゃありえない。多民族で多文化というアメリカのような社会だと、個人が勝手なことをやる隙間が生まれやすいんです。日本のように、隣近所はみんな知っているという社会じゃ生まれないエピソードだよ。そもそもアメリカじゃ家に地下室があるの、普通だから」

――日本だと地下室はあまりないですが、アパートの一室に監禁する事件は過去にありましたね。

「よくバレなかったなと思うじゃない?でも、日本人は見たくないものは見えないように出来るんで大丈夫なんです。それは日本の平和ボケと同じ。戦争が起きるかもしれないということを考えないようにしている。『パト2』(『機動警察パトレイバー2 the Movie』)で私もやったけどね。そういうのは日本の人間のありようなの。だから、なにが言いたいかというと、タランティーノのような映画は日本では成り立たないということです」

自作と絡めて日本人の行動を分析する押井監督
自作と絡めて日本人の行動を分析する押井監督

――押井さんは、時制を脚本や編集で操作して、映画の印象を大きく変えることを「発明」とおっしゃってますが、その発明を使ったタランティーノ以外の映画、あまり作られてないですよね?

「難しいんです。そういう構成だけじゃなくてキャラクターやダイアログ、キャスティングも含めていろんな要素が整ったうえじゃないと効果を発揮しないんだよ。タランティーノの映画でも最も上手く行っているのが『パルプ』で、ほかのはそうでもない。『キル・ビル』シリーズ(03~04)や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19)とかは…」

――いや、押井さん、タランティーノのほかの映画については次回、お願いします!


取材・文/渡辺麻紀

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