「最後はハッピーな気分に」押井守監督が称賛する、『パルプ・フィクション』での“印象のすり替え”【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」第6回前編】
独自の世界観と作家性で世界中のファンを魅了し続ける映画監督・押井守が、Aだと思っていたら実はBやMやZだったという“映画の裏切り”を紐解いていく連載「裏切り映画の愉しみ方」。第6回は、クエンティン・タランティーノ監督の代表作『パルプ・フィクション』(94)をテーマに、好きな表現のために時系列をコントロールするタランティーノ監督の“処世術”を押井監督独自の目線で分析していく。
「今回は、監督として生き残るために考えた“裏切り”」
――今回、取り上げたのはクエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』です。タランティーノは1992年、『レザボア・ドッグス』で長編デビューを飾り、2作目の本作でカンヌ国際映画祭パルムドール、さらにアカデミー賞では作品賞、監督賞を始め7部門にノミネートされ、共同脚本のタランティーノが脚本賞を受賞しています。
「やっぱり脚本がすばらしいんですよ。前作の『レザボア』でもダイアログが光っていたけど今回はよりおもしろく、私はこの作品がタランティーノ映画のなかではもっとも気に入っている。なぜなら、そのダイアログに加え、構成がずば抜けているからです。
ラインが複数ある映画で、そのひとつが(ジョン・)トラボルタと(サミュエル・L・)ジャクソンのギャングチーム。もうひとつがブルース・ウィリスのボクサーチーム。この2つのラインが入り混じりながら物語が進んで行く。そういうのはさほど珍しいことではないんだけれど、タランティーノはそんな展開のなか脚本と編集によって時制を変えている。これが最大のポイント。それによって映画の印象をまるで違うものにしているんです。時系列をいじるという点では前回取り上げた『メッセージ』(16)と同じではあっても、こちらのほうは映画そのものの印象がガラリと変わっている」
――時間軸をいじるのは『レザボア』でもやっていましたよね。
「やっていたけど、だからといって映画の印象は変わってなかったでしょ?でも『パルプ』の場合はガラっと変わった。なぜ印象が180度変わったかというと、トラボルタの死を途中で明かしているからなんだよ。父親の形見の腕時計を取りにアパートに帰ったウィリスが、裏切った彼を始末するために来ていたトラボルタに気づき、トイレから雑誌をもって出たところを撃ち殺すんだよね。にもかかわらず、映画の最後でトラボルタはジャクソンと平然とダイナーで飯を食い、2人で颯爽と店を出る。途中で死んでいるにもかかわらず、最後はハッピーな気分で終わっている。つまり、そういう凝った脚本を書き、編集で時制を操作することで、映画の印象をガラリと変えることに成功しているんです」
――そうでした!最後はTシャツに短パンみたいなスタイルでダイナーを出て行くんですよね。トラボルタが途中で死んだこと、忘れちゃうくらいでした。
「反対に『レザボア』は途中も血が飛び散るけど、最後も陰惨だった。おそらくというか、私の確信的推論だけど、タランティーノはこの時に勉強したんだよ。血しぶきが飛び散るようなシーンも撮りたい、でも、最終的には気持ちよく終わらせたい。だったらどうすればいいのか?そう考えるなかで生まれたのが『パルプ』の脚本であり構成。主人公を殺すなら物語の途中でやればいい。トラボルタとジャクソンだけじゃなく、ダイナーで強盗を企み実行するおバカなカップル(ティム・ロス&アマンダ・プラマー)も、ウィリス扮するボクサーとそのトロい恋人も、最後にはちゃんと逃げることができるので、観ているほうは爽快な気分になる。みんなゴロツキとか敗残者ばかりだけど!おそらくタランティーノは、これは人生じゃなく映画なんだ、だったらハッピーエンドで終わらせたいじゃないかって思ったんだと、私は考えたわけです。血みどろ系のアクション等もやりつつ、最後は気持ちよく終わらせるため、彼が思いついた発明であり業績ですよ。
私はそれを彼の監督としての処世術だと思っている。本作の裏切りはそこ。監督として生き残るために考えた“裏切り”なんです」
――「生き残るため」ですか……。
「うん。そういう意識が強い監督じゃないと、ああいう構成で映画は撮らないよ、多分。自分が求める真実を自作に込める監督であるなら、負ける者は負ける、死ぬ者は死ぬということをラストできっちり表現するから。でも、タランティーノはそういうタイプの監督ではなくて、そういう真実を映画のなかで変えたい人なんです。だから、時制をいじり凝った構成にして、自分なりの映画を撮った。真実に対する裏切り方を見つけたんですよ」
――そう聞くとタランティーノっぽいですね。
「たとえば『キル・ビル』の2本(03~04)。あれは最初に花嫁姿のヒロイン…誰だっけ?」
――ユマ・サーマンです。
「そう、ボロボロになった彼女から始まるでしょ。冒頭は陰惨でもインパクトがあればいい。でも、最後はハッピーエンドじゃないとダメ。それがタランティーノの処世術なんです。そのために彼が発明したのが中身は変えずに印象をすり替えるという構成。陰惨な表現は大好きだけど、陰惨な映画は撮りたくない。それをカタチにする方法を見つけたんです、デビュー2作目で」

