『ドールハウス』で新境地を開拓した矢口史靖監督、次のホラー作品は「長生きして待っていてください(笑)」
『ウォーターボーイズ』(01)や『スウィングガールズ』(04)など、コメディ映画を得意としてきた矢口史靖監督が初めてホラー映画に挑んだ『ドールハウス』。そのBlu-ray&DVDが11月19日に発売されたのを記念し、11月17日から11月26日まで池袋の新文芸坐で実施された特集企画「矢口史靖の呼吸」が開催。会期中の11月23日には、『ドールハウス』の上映終了後に矢口監督によるトークショーが行われた。
長澤まさみが主演を務め、瀬戸康史、田中哲司らが共演した本作。事故で5歳の娘を亡くして悲しみに暮れる佳恵(長澤)は、骨董市で見つけた亡き娘によく似た人形アヤを可愛がることで元気を取り戻していく。しかし夫の忠彦(瀬戸)とのあいだに新たな娘が生まれ、人形に心を向けなくなってしまう。やがて成長した娘が人形と遊ぶようになる頃、一家に奇妙な出来事が起きはじめる。
「最初は“カタギリ”という架空の若手脚本家名義でプロットを出しました。自分の名前を出すと、『スウィングガールズ』などハッピーな青春映画のイメージで先入観を持たれてしまう。それを外す狙いがありました」と作品の成り立ちから話しはじめる矢口監督。「プロットが東宝の遠藤プロデューサーに渡り、いつの間にか話が膨らんでいく一方で、“カタギリ”という人物がどこにも見つからない。準備が始まる段階になって、『実は、僕が書きました』と白状しました(笑)」。
これまで手掛けた劇場用作品はすべてコメディジャンルだった矢口監督だが、2000年前後にはオムニバス形式のテレビドラマ「学校の怪談」シリーズで3つのホラー短編を手掛けている。「その時は、軽く笑えて、ちょっと怖いみたいなポジションでオファーをいただいたので、3本中2本は軽めの笑えるものを作ったのですが、1本だけ、『学校の怪談 春の呪いスペシャル』の『恐怖心理学入門』は、“本気で怖い”作りに挑みました」。
そして「怖いものをいつか映画でやりたい気持ちはずっとあったけれど、“青春映画”のイメージが強く、いきなり本気のホラーは通りづらい。だからこそ、“カタギリ”が背中を押してくれた面もあります」と、念願だった新境地の開拓を実現させたことを満足げに振り返った。
本作で主演に長澤を起用した理由について訊かれると、「当て書きはしないタイプですが、キャスティングの段階でパッと浮かんだのが長澤さんで、僕から提案しました」と明かす矢口監督は、長澤と『WOOD JOB!〜神去なあなあ日常』(14)以来のタッグ。「以前ご一緒した時に、ちゃんとキャラクターに入ってくれる人で手応えがあった。『長澤さんをひどい目に遭わせたい』と思ってお願いしたら、意外とすぐ快諾していただき、結果的にこれまでの映画やドラマとはまた違う表情が見える役になったと思います」と述懐。
また、物語の重要なキーともいえる“アヤ人形”については、冒頭に登場する長女役のオーディションで選ばれた子役に似せ、置いてあるだけで怖くなるものを目指して制作されたのだとか。「ハリウッドの“物理で倒せる恐怖”と日本の恐怖は根本が違うと感じています。力技で解決できる相手ではなく、“家に居続ける、壊せない存在”による圧。なので観客や登場人物が見ている目の前では、瞬きしたり歩いたりしゃべらせない」と、本作の恐怖描写のこだわりを明かす。
「人形なのか佳恵さんや子どもが変なのか、どっちかわからない状況がしばらく続いたほうが恐怖は増幅すると思っていました。とはいえクライマックスに向けては何も見せないわけにはいかない。カメラのフラッシュの瞬間だけとか、袋に入れて封じ込めるというように、段階的に本性を見せていきました」。
日本公開に先立って出品された第45回ポルト国際映画祭では、グランプリに当たるBest Film Awardを受賞。「受け入れてもらえるのかと思っていたら、向こうのお客さんは叫んで椅子から転げ落ちそうになったり、爆笑が起こったりするので不思議でした。映画を観て驚く、怖がる、笑うを全身で楽しむという姿が印象的で、日本でもマナーは守りつつ、もっとワイワイ楽しんでもらえたら」と海外ならではの反応の良さを振り返りながらアピールした。
最後に観客からのQ&Aで「今後もホラー作品を手掛ける予定は?」と訊ねられると、「現時点で具体的な企画はありません」と回答した矢口監督。「『ドールハウス』も大学時代に触れた稲川淳二さんの『生き人形』や山岸涼子さんの『わたしの人形は良い人形』の記憶が長い時間をかけて熟した結果。30年くらいかかったので、次も時間がかかるかもしれませんが、長生きして待っていてください(笑)」と呼びかけていた。
文/久保田 和馬

