霊の存在が身近ゆえに怖い…!?映画で知る、タイ・イサーン地方に根付く独特の死生観
世界中どの国でも信じられている幽霊、おばけの存在。万物に霊魂が宿るというアニミズムが盛んな東南アジアのなかでも、タイには仏教やバラモン教と絡み合った“ピー(精霊)信仰”というものがあり、霊がより身近な存在とされている。
そんなタイでも特にピー信仰が強いのが、東北部のイサーン地方。この地を舞台にした霊関連の映画も多い。本稿では、9月26日から公開中の『サッパルー!街を騒がす幽霊が元カノだった件』など、イサーン独自の死生観が味わえる映画を紹介していきたい。
イサーンで恐れられる2つの“死”と葬儀方法
“サッパルー”とは葬儀屋を意味し、葬儀屋の仕事を通じてイサーン地方の独特な風習を描いた『サッパルー!街を騒がす幽霊が元カノだった件』。数か月前に命を絶った妊婦バイカーオ(スティダー・ブアティック)の幽霊が街を賑わすなか、幽霊でもいいからバイカーオに会いたい元カレのシアン(チャーチャイ・チンナシリ)は、葬儀屋のザック(アチャリヤー・シータ)を訪問。老い先短い彼の葬儀屋の仕事を手伝う代わりに、幽体離脱の方法を学ぶのだが…。
本作を手掛けたのは、タイ東北部イサーン地方のカンボジア国境にあるシーサケート県に本社を置く映像製作会社タイバーン・スタジオ・プロダクション。『Thi Baan The Series(英題)』(17)から映画製作を始めたこのスタジオでは、キャストとスタッフをイサーン出身の人材で固め、登場人物はイサーン方言をしゃべり、標準語のタイ語字幕を付けて映画が公開されるなどイサーンをレペゼンしている。
『サッパルー!〜』は『Thi Baan The Series』のスピンオフ的な立ち位置の作品だが、独自の儀式や方言、文化を題材としたイサーン文化入門的な1作として、タイでは日本円にして30憶円超えのヒットを記録。2023年のタイ国内の映画として興収第1位に輝いた。
そんな本作でつぶさに描かれるのが、イサーンにおける葬儀の在り方だ。名城大学教授の津村文彦氏曰く、そもそもタイには死の種類に、病気など命が自然な形で終わりを遂げる「通常死」と、お産での死や事故、殺人などによる「異常死」“ターイ・ホーン”の2つが存在する。
本作のバイカーオは、自殺によるターイ・ホーンであり、さらに悪霊になると特に恐れられている妊婦の死“ターイ・タングロム”。通常死の遺体とは異なり慎重に処理を施さなければならず、通常死であればすぐに僧侶を招き、数日間の通夜を行ったうえで荼毘に付すが、劇中で描かれているように、火葬をせずにセメントで固めた一時的な棺に数か月から数年間放置し、清めたうえで火葬という手段を取る。
火葬によって成仏するまでの間、村のあらゆる場所に幽霊として現れるバイカーオ。その姿に村人がビビったり、葬儀屋のザックの息子ジュート(ナルポン・ヤイイム)も異常なまでに幽霊を恐れるなど、霊が身近なイサーン地方だが、それでもやっぱり幽霊は怖い存在のようだ。
ちなみに妊婦の霊ターイ・タングロムの代表例(霊?)が、タイのバンコクに伝わる民話として有名なプラカノーンのメー・ナーク。チャクリー王朝時代、難産により命を落としたナークという女性が、徴兵により離ればなれになった愛する夫への未練から霊となると、徐々に凶暴化し、村の人々を呪い殺したという逸話は、『愛しのゴースト』(13)、『ナンナーク』(99)など繰り返し映画化され、ヒットを記録してきた。