霊の存在が身近ゆえに怖い…!?映画で知る、タイ・イサーン地方に根付く独特の死生観
精霊信仰と紐づく祈祷師の存在
『哭声/コクソン』(16)で、韓国におけるシャーマニズムを扱ったナ・ホンジン監督が製作・原案を務めた『女神の継承』(21)もまた、イサーン地方における祈祷師一族を襲う呪いが描かれる、土着信仰に基づいたホラー。
タイ東北部、山奥の小さな村で暮らす若く美しい女性ミン(ナリルヤ・グルモンコルペチ)が、謎の不調に見舞われ、人格が変わったように凶暴な言動を繰り返す。途方に暮れた母親から助けを求められた祈祷師の妹ニム(サワニー・ウトーンマ)は、一族に代々取り憑く女神バ・ヤンの新たな継承者に選ばれたのではないかと考え、姪のミンを救うために祈祷を行うが…と、精霊信仰がもたらす恐怖の側面を、取材班が密着するというモキュメンタリーの形で描いている。
東北部のルーイ県で撮影されている本作。ルーイ県はピーターコーン祭り(「ピー」=霊、「ター」=目、「コーン」=仮面劇)という人々が精霊に仮装する祭りが開催されるほど精霊信仰の強い土地で、監督自ら祈祷師たちのもとで綿密な取材を行い、その風習を映画では再構築している。
例えば、卵を体に当て悪い病気を取り除くというイサーン地方の儀式から取り入れた生卵を使った祈祷シーンなど、随所に超自然的な力が生活に溶け込んでいるイサーン独自の価値観が感じられる。
なお余談ではあるが『サッパルー!〜』でも描かれていたように、卵を投げて割れた場所で火葬をするという決め方、ヨーンカイにも卵が使われている。
自然豊かな土地に根付いた輪廻転生の考え
また仏教国タイの死生観として浸透しているのが、何度でも魂は生まれ変わる“輪廻転生”の考え方。タイ映画として初めてカンヌ映画祭の最高賞パルムドールに輝いた『ブンミおじさんの森』(10)は、余命幾ばくの男が森の中で体験する不思議な出来事を描いており、その根底に輪廻転生が存在する。
腎臓の病により余命わずかなブンミ(タナパット・サイサイマー)は、妻の妹ジェン(ジェンチラー・ポンパス)を自分の農園に呼び寄せ、夕食を楽しんでいたところ、19年前に亡くなった妻が忽然と現れる。さらに行方不明になった息子も、不思議な生き物へと姿を変えて現れ、ブンミを森の奥深くへと導いていく。
息子が姿を変えた猿の精霊をはじめとする亡霊たちに導かれるままに、前世の記憶を思い起こしていく様子など、輪廻転生をファンタジックな映像で表現。死者が当たり前に生活や自然に溶け込んでいる描写など、イサーンにおける死生観が色濃く映しだされている。
本作のメガホンをとったアピチャッポン・ウィーラセタクン監督はイサーン出身であり、このほかにも『光りの墓』(15)など、イサーンを舞台にした数々の作品を作っている。
ホラーからコメディ、ヒューマンドラマまで、緑豊かな自然の地で育まれた独特の価値観を持つイサーンを題材にした作品を通じて、日本とは異なる文化を味わってみてほしい。
文/サンクレイオ翼