コーダとして育ったイラストレーター、門秀彦が語る『君の声を聴かせて』の魅力「手話の”かっこよさ”と”豊かさ”がリアルに描かれている」

コーダとして育ったイラストレーター、門秀彦が語る『君の声を聴かせて』の魅力「手話の”かっこよさ”と”豊かさ”がリアルに描かれている」

耳の聞こえない妹を支える女性と、将来に迷う青年。手話を通じて心を通わせていく2人の姿を描いた映画『君の声を聴かせて』(9月26日公開)は、恋愛映画でありながら、家族やろう者の日常をリアルに映しだし、フレッシュな魅力にあふれている。

この映画を観て「すごくリアル。何度でも観たくなる」と語るのが、両親がろう者であり、コーダ(CODA)として育った絵描き、イラストレーターの門秀彦。手話をポップなアートに昇華し、国内外で活動を広げてきた彼は、この作品のなかに自身の半生を重ね合わせる。映画のセリフに胸を打たれ、丁寧に描かれた手話の豊かさに「うれしかった」と語るその言葉からは、アートで手話と世界をつなぐ門の想いが浮かび上がってくる。

「手話の便利さや魅力が、自然にストーリーに溶け込んでいました」

手話を通じて心を通わせていくヨンジュンとヨルム
手話を通じて心を通わせていくヨンジュンとヨルム[c] 2024 KC Ventures Co.,Ltd & PLUS M ENTERTAINMENT & MOVIEROCK Inc., All Rights Reserved

映画『君の声を聴かせて』は、就職活動に行き詰まった青年ヨンジュン(ホン・ギョン)と、聴覚障がいをもちながら水泳のオリンピック代表を目指す妹ガウル(キム・ミンジュ)を懸命に支えるヨルム(ノ・ユンソ)の出会いから物語が動きだす。弁当の配達先で偶然出会ったヨンジュンとヨルムは、手話を通じて少しずつ心を通わせていく。

「よくできているなあと思いましたね。ストーリーに温かみがあって、素直に心に届く。だからこそ観終わるともう一度観たくなるんです」。
門は開口一番、作品の感想をこう語った。ろう者が登場する映画は、ともすれば「特別な人の話」「理解を促すための教材」として描かれることもある。だがこの作品は違った。門は「ろうの人たちの世界が、普通に、当たり前のこととしてそこにある。だから観ていて自然なんですよね。手話を使うシーンも、流れのなかでうまく出てくる」と感じたという。

特に印象に残ったのは、プールでろう者たちが練習することに対して、他の利用者が反対の声を上げるシーンだった。
「差別はいまでも確実にあるんです。昔に比べれば表立って言われることは減りましたが、日本でも本当にたくさんある。そこをまったく描かないと、さわやかな美談になっちゃう。映画のプールのシーンでコーチは怒るけれど、ろう者は怒りません。(差別されることに)慣れているんです。せつないですけど」。

オリンピックを目指すろう者のガウル
オリンピックを目指すろう者のガウル[c] 2024 KC Ventures Co.,Ltd & PLUS M ENTERTAINMENT & MOVIEROCK Inc., All Rights Reserved

門は自身の体験を重ね合わせる。デパートでろう者の母と筆談をお願いした時、店員が黙って去ってしまったことがある。映画のワンシーンには、そうした現実の空気が捉えられていたという。

一方で、手話の便利さや魅力も映画のなかにきちんと描かれていたと語る。例えば、混みあったバスの中で離れた場所に立った主人公たちが、手話で会話するシーン。
「人混みや遠くにいても、大きな声を出さずにコミュニケーションが取れる。実際に私も母を見送りに行った時、ガラス越しに電車の中と外でもシームレスに会話を続けていました。少し離れた場所からでも手話で気持ちを交わせる。そういう場面が出てきたのがいいと思いました。自然にストーリーに溶け込んでいたんです」。

「聞こえないからこそ生まれる会話の豊かさがリアルに描かれていて、うれしかった」

妹を支えるために、国際手話を勉強するヨルム
妹を支えるために、国際手話を勉強するヨルム[c] 2024 KC Ventures Co.,Ltd & PLUS M ENTERTAINMENT & MOVIEROCK Inc., All Rights Reserved

さらに、劇中に登場する韓国手話にも親しみを覚えた。

「国によって手話は違うんですけど、韓国の手話は日本と同じような表現、動きがちょこちょこ出てきて。字幕を見なくても、なんとなくわかる気がしました。表情や手の動きでだいたい伝わる。映画を観ていて『あ、多分こういう意味だな』と思う瞬間がいくつもあった。そういうのもおもしろかったですね」。

手話には言語の壁を越えて伝わるものがある、というわけだ。実際に門は、子どものころから手話を通じて「言葉を超えたコミュニケーションの可能性」を感じてきた。
「手話ってかっこいいんですよ。表情や体の動きが伴うから、言葉だけよりずっと豊かになる。聞こえないからこそ生まれる会話の豊かさがある。それが映画のなかでリアルに描かれていたのが、僕にとってすごくうれしかった」と笑顔を見せる。

『君の声を聴かせて』について、「何度でも観たくなる映画」と語る門
『君の声を聴かせて』について、「何度でも観たくなる映画」と語る門写真/興梠真穂

アーティストとして活動する門の原点には、両親と共に過ごした幼少期の記憶がある。父母は長崎でテーラーを営んでいたが、2人とも耳が聞こえなかったため、家のあちこちに筆談用の紙と鉛筆が置かれていた。それは、幼い門にとって格好の遊び道具でもあった。

「新聞広告を母が切って、メモ代わりに置いていたんです。僕はそこにゴジラや怪獣を描いて遊んでいました。するとある時、家に来た父の友人のろう者のおじさんが、その絵に仮面ライダーやバイクを描き足してくれたんです。僕の落書きが物語になっていく。言葉を使わず絵を通じてコミュニケーションしたのは、それが最初の体験でしたね」。

同時に、門は幼いころから両親の通訳の役割を担っていた。
「小学校に上がる前から、母に代わって注文を聞いたり、父に代わって電話に出たりしていました。お客さんが『ズボンの裾を何センチ詰めたい』と言うのを、僕が母に手話で伝える。大人の会話を全部理解できるわけじゃないけど、必死にニュアンスを伝えようとしていました」。

両親との筆談用の紙と鉛筆は、幼い門にとって格好の遊び道具だった
両親との筆談用の紙と鉛筆は、幼い門にとって格好の遊び道具だった写真/興梠真穂


だが、小学校に上がり年齢を重ねると、親子の会話も複雑になっていく。絵は、言葉に置き換えられない感情や出来事を表現する手段だった。学校で起きた出来事を両親に伝える時も、語彙だけでは追いつかない部分を絵で補った。
「学校から帰ってきてお母さんと『今日はどうだった?』みたいな話をする時に、細かいエピソードを伝えたくなってくるんです。長い話になると手話だけでは伝えきれない。だから絵を描いて説明していました。僕にとっては、手話と絵を組み合わせるのが自然なコミュニケーションの形だったんです」。


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