【ネタバレなし】「ビタースイートな余韻」…映画ライターSYOが『九龍ジェネリックロマンス』 に秘められた“普遍性”をレビュー

コラム

【ネタバレなし】「ビタースイートな余韻」…映画ライターSYOが『九龍ジェネリックロマンス』 に秘められた“普遍性”をレビュー

本作の真髄は、“ラブロマンス”“ミステリー”の奥に隠された“普遍性”

「懐古」「郷愁」「喪失」…誰もが感じたことのある感情が押し寄せる
「懐古」「郷愁」「喪失」…誰もが感じたことのある感情が押し寄せる[c]眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会

ここまでの説明だと、私たちが生きる世界とは別次元の“遠い”物語に思えるかもしれないが、本作の真骨頂は徐々に“接近してくる”部分にある。ここで効いてくるのは「懐かしさ」だ。ネタバレ回避のために具体例は省くが――作品を観進めていくうちに少しずつ真実が紐解かれていき、序盤から撒き餌のようにさりげなく仕掛けられていた要素が、もう戻ってこないあの時を想う「懐古」や、戻りたい場所を求めずにはいられない「郷愁」、さらには忘れられも乗り越えられもしない深い「喪失」につながるピースであり、違和感や現実感のなさは巧妙な伏線だったと知る。

キャッチコピーの「あなたに触れたい。この恋が、消えてしまっても。」「過去を明かせば 想いは消える」の真意に触れ、切なさや痛みへの理解や共感というエモーションが高まり、『九龍ジェネリックロマンス』は真実の姿を表す。それは、普遍的でゼロ距離の人間ドラマ。本作は、誰もが経験する喪失と技術の哀しき相関関係に踏み込んだ、私たちの物語だったのだ。喪失は避けられない。だから人は技術で対抗しようともがくし、物語という夢を見る。

キャッチコピーも印象的な『九龍ジェネリックロマンス』(8月29日公開)
キャッチコピーも印象的な『九龍ジェネリックロマンス』(8月29日公開)[c]眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会

例えば、記憶除去装置を題材にした『エターナル・サンシャイン』(04)は、失恋の記憶を消そうとする過程で思い出がもたらす成長と愛しさに気づく。水上も出演した『本心』(24)は、亡き家族をアバターとして蘇らせようとする青年の葛藤をビビッドに描いた。前者のような架空の技術が登場するフィクションや後者のように近未来が舞台であっても、そこにある感情自体はリアルで身近なものとして感じられる。先に述べたように、喪失を克服したいという人間の普遍的な願いを土壌に生まれたストーリーだからだ。


工藤と令子の選択の先にある余韻にじっくりと浸ってほしい
工藤と令子の選択の先にある余韻にじっくりと浸ってほしい[c]眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会

『九龍ジェネリックロマンス』は、そうした“願いの歴史”の先端に位置する作品。「もし同じ状況に置かれたら自分もきっと同じことをする」「自分とは違う存在だけれど、気持ちが痛いほどわかる」と違和感なく信じられ、スクリーンを超えて私たちと同じ“人間”による物語として受け入れられる。本作を懐かしく感じる所以は何も街並みばかりではない。工藤と令子、2人を介して立ち上ってくる狂おしいほどの感情の“正体”を、私たち自身が知っているからだ――。ゆえに期待してしまう。2人が喪失に対してどんな道を辿り、何を見せてくれるのかと。

寄り添える切なさの向こうにあるビタースイートな余韻も含めて、本作が提示した運命との向き合い方を心ゆくまで楽しんでいただきたい。

文/SYO

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