A24映画『異端者の家』アーティスト・俳優の石野理子も翻弄された、ミスター・リードの巧みな話術「思い込みを覆そうとする底力はえげつない」
ヒュー・グラントが悪役を嬉々として演じ、第82回ゴールデン・グローブ賞ではコメディ・ミュージカル部門の主演男優賞候補にもなった『異端者の家』(4月25日公開)。布教のため森に囲まれた一軒家を訪れた2人の若きシスターたちが、気さくな男性の家に足を踏み入れたことから恐怖の体験をするという、A24製作のサイコスリラー映画。MOVIE WALKER PRESSでは、「映画人が選ぶ、ベスト映画2024」にも参加してくれた俳優でアーティストの石野理子にインタビューを実施。石野は、普段から映画館にもよく足を運び、ジャンルを問わず様々な映画を観ている映画好きだ。20代の若者でありながら、作り手でもある彼女が、等身大ながらも、独自の見方で作品の魅力を語ってくれた。
「自己矛盾が人間らしさにも感じた」
昨年、A24製作の『パスト ライブス/再会』(23)について多角的に語ってくれた石野は、A 24の映画について「斬新さ」が魅力だと指摘していた。「A24の作品はプロットがおもしろいです。『異端者の家』のような不条理物でいうと、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』が大好きで、それと似たような嫌な感じがありました。サイコパスな主人公と言っても、ここまでインパクトの強い人っていたかな、と思ったくらい。観終わったあとも困惑したのを覚えています。個人的には、こういうストーリーが複雑なものや頭を使うような会話劇が好きなので、とても引き込まれて観終わるまでずっと楽しんでいました」
天才的な頭脳を持ちながら、若きシスターたちを翻弄してゆく謎の男性リードを演じるグラント。1980年代の英国美男子俳優ブームを牽引した一人だが、今作では不穏な空気を帯びた演技に驚愕するばかり。2000年生まれの石野には、そもそもグラントに対する確固たるイメージがなかったのだという。「リードは多層的な性格の持ち主で、こじらせているというか。彼の巧みな話術に引き込まれるのですが、会話そのものには意味があるようでないというか、その埋め合わせ的なものも結構ありましたよね。そんな自己矛盾が人間らしさにも感じて。それが彼の性格というか、見せかけ的な感じをより表していた。家の構造と彼の表面的な性格とが対比になっていて、最初は人当たりよくアットホームな雰囲気を装って、だんだん違和感を覚えさせていくみたいな…。そういう演出と演技がおもしろかったです。彼のキャラクターは、映画の魅力を担っていました」
「リードを簡単には否定できなくなってしまう」
表層的なイメージの向こう側に実は本質があるという本作のテーマそのものと合致する。また、宗教をモチーフにした本作では、シスターたちの“信じること”への価値観をリードが言葉巧みに揺さぶってゆく点も興味深い。「答えのない議論、いわゆる禅問答的なものは観ていてすごく楽しい。確信がないからこそ、リードとシスターたちの会話は研ぎ澄まされてゆくんです。本質的なものに近づいていくような、ある意味で良質な会話なのですが、リードが言ってることって危うい。その深みにハマっちゃいけないとわかっていながら、油断していたところに『あっ、実は自分もそう思ってた』みたいな感覚を、すっと滑り込ませてくる感じもあって。だから彼を簡単には否定できなくなってしまう。それと、信じることって労力のいることだとも思いました。リードのこじらせは、信じることを疑うことから始まっていると思うのですが、その“疑う労力”ってすごい。もちろん、思い込む力のほうも大いに労力を割くのですが、それを覆そうとする底力みたいなものはえげつないなと思って。例えば、私の活動に置き換えると、作詞をする際に自分自身と向き合うタイミングが節々にあるんです。その時に“思い込みを疑う”ことが大事で。深みにハマっていくと、結構自分を見失って大変なことになるんですよ」
ここには、論破することをよしとする昨今の社会傾向に対するアンチテーゼのようなものも感じさせる。「“論破”の風潮は、ちょっと怖いなって思っていました。シスターたちが、リードを言い負かそうと頑張っているところはすごくわかるし、自分だったらどう立ち回るか?みたいに考えてしまう。彼女たちは諦めなかったけれど、きっと私だったら諦めちゃう。私は相手の意見も折らないし、聞いたうえでどう答えるかというふうに、“お互いが落ち着くところで話がまとまれば”と思っちゃうタイプなんですよね」
2000年生まれ、広島県出身。2014年より、グループアイドル“アイドルネッサンス”として活動を開始。一方で俳優としても活動しており、映画『ファーストアルバム』(16)では主演を務めた。2018年にアイドルネッサンスが解散し、同年5月から2021年まではバンド“赤い公園”の新ボーカルとして活動。バンド解散後、2023年からはソロ活動を開始し、同年にそれぞれがソロとして活動するメンバーで構成されたバンド“Aooo”を結成し、現在も活動を続けている。フジテレビ系のドラマ「パリピ孔明」(23)にて、諸葛孔明の密偵であるメガネ女子役で出演、4月25日(金)公開の『パリピ孔明 THE MOVIE』でも同役で出演している。