リュ・スンワン監督が“司法不信”の感情と行き過ぎたSNSへの警鐘を込めた『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』の社会派演出
SNSや動画配信サイトでの過激な投稿が事件を複雑化させる
本作には、大衆の法感情を煽り、“ヘチ”の行動を助長させる存在としてSNSや動画配信サイトが登場する。彼らは正義の遂行者を自称し、メディアや司法に代わって真実を暴こうとするが、それは時に無差別な人身攻撃や、根拠のない、あるいは偏った情報の拡散につながる。最初は正義感だったかもしれない動機が、いつしか金儲けの道具に成り下がることもある。このような危険性をはらんだ存在が大衆を惑わせ、煽り、“ヘチ”でさえ誤った情報に踊らされてしまう。以前、集団による性暴行事件で加害者全員が無罪になった際、あるユーチューバーが加害者全員の個人情報を突き止めネット上にさらしたことがあった。その行為を支持する声は大きかったが、法律的には立派な犯罪であり、賛否の議論が高まった。そのような形で司法の代わりに法が執行されることは、矛盾であり、当然ながら犯罪である。映画はそうした問題もまた問うている。
リュ・スンワン監督自身、『軍艦島』(2017)公開時には、SNSやインターネットの書き込みを通して歴史捏造と猛烈な批判を受け、弁明や謝罪を余儀なくされたことがあった。朝鮮人強制労働の歴史を想起させるこのタイトルに観客が期待したのは「悪い日本人」だったに違いないが、映画には「悪い朝鮮人」たちがたくさん登場したため、たちまち歴史の捏造だと拡散され散々な目に遭ったのである。歴史の真偽とはかけ離れたところで起こる、無差別な攻撃とそのエスカレートぶりに、監督もまたその危うさや暴力性を痛いほど感じたのではないだろうか。
こうして考えると、本作は司法不信とそこから生まれる韓国人の法感情を描くと同時に、SNSの危険性を組み込むことで現代社会を鋭く批評した作品に仕上がっている。どんなに法感情が高まったとしても法は感情ではない。司法不信が法そのものを否定したり、法の破壊を正当化してはいけないのだ。そんな強いメッセージを読むこともできるだろう。監督のフィルモグラフィを振り返ってみると、爽快なアクションの中にも韓国の現実に見え隠れする問題を描いてきたことに気づかされる。本作では、リュ・スンワン監督が切り拓いてきた「社会派アクション」とも言うべき新たなジャンルのさらなる進化を確認できるだろう。
文/崔盛旭(チェ・ソンウク)