『エミリア・ペレス』でミュージカルに挑んだ72歳、ジャック・オーディアール監督「ジャンルを取っ払った映画づくりがしたい」

インタビュー

『エミリア・ペレス』でミュージカルに挑んだ72歳、ジャック・オーディアール監督「ジャンルを取っ払った映画づくりがしたい」

第97回アカデミー賞で助演女優賞(ゾーイ・サルダナ)、歌曲賞(「El Mal」)に輝いた『エミリア・ペレス』(3月28日公開)。すべてを手に入れたメキシコの麻薬王が女性弁護士の助けを借りて、“エミリア・ペレス”という女性として新たな人生を歩んでいく激動の物語をミュージカルで描きだす。本作を手掛けたのは、フランスの鬼才として知られ、本作でアカデミー賞監督賞にノミネートされたジャック・オーディアールだ。MOVIE WALKER PRESSでは、3月中旬に来日したオーディアール監督にインタビューをする機会に恵まれた。

敏腕弁護士のリタの手を借りたメキシコの麻薬王マニタスは、“エミリア・ペレス”という女性として新たな人生を歩みだしたが…
敏腕弁護士のリタの手を借りたメキシコの麻薬王マニタスは、“エミリア・ペレス”という女性として新たな人生を歩みだしたが…[c]2024 PAGE 114 WHY NOT PRODUCTIONS PATHÉ FILMS FRANCE 2 CINÉMA 制作:サンローラン プロダクション by アンソニー・ヴァカレロ

「音楽を大切にしたかったので、セリフを減らしても歌で物語を語ることにした」

――通常のミュージカルの場合、歌やダンスによってストーリーが停滞してしまうことがあります。しかし、『エミリア・ペレス』は歌がしっかりとストーリーを支えていると思いました。ミュージカルシーンではそういうこだわりがあったのでしょうか。

「仰るとおり、それは意図したところです。この映画のミュージカル部分は、音楽関係の人たちと何度もミーティングを重ねて創り上げていったんですが、彼らに最初にリクエストしたのがまさにそれでした。歌でストーリーが止まるのではなく、歌いつつ、ストーリーをできる限り前に進められるように頼んだんです。ダンスも同様です。役者たちの踊りとストーリーも密接に結び合うかたちで創り上げていきました。

もう一つこだわったのは、これも通常のミュージカルによくあるパターン、普通に喋っていたのが突然歌いだしたり、歩いていたのが躍り始めたり。そういった振付的な部分もなるべくストーリーと融合し、ちゃんと自然な流れになるように心掛けました」

アカデミー賞歌曲賞を受賞した「El Mal」のシーンは圧巻!
アカデミー賞歌曲賞を受賞した「El Mal」のシーンは圧巻![c]2024 PAGE 114 WHY NOT PRODUCTIONS PATHÉ FILMS FRANCE 2 CINÉMA 制作:サンローラン プロダクション by アンソニー・ヴァカレロ

――もしかして、監督はそういった通常のミュージカルは得意ではない?

「実はね(笑)。突然、歌いだしたり踊りだしたり、ああいうのは好きじゃないんです。もう一つ、本音をいえばウエスタンも好きじゃない(笑)」

――そういう通常のスタイルではないミュージカルを撮るということは決めていたんですか?

「そうなります。そもそも私はこの作品をオペラにしようと思っていたんですが、キャラクターたちを変更していくうちにミュージカルのほうがふさわしいと思うようになり、今回のスタイルにしました。その流れのなかでミュージカルを選択したのは、これまでの経験からです。映画撮影において、母国語のフランス語ではない、私が理解できないいろんな国の言語で撮影することも多いのですが、そういう時は無意識に、私の耳にはその言葉が音楽的に聴こえてくるんです。これはとてもおもしろい経験で、これまでもそういうことが度々あったので、ミュージカルという選択になったところはあります。音楽を大切にしたかったので、セリフを減らしても歌で物語を語ることにしたんです。私は今回の挑戦によって、知らない言語で撮るおもしろさを味わいました。そういう言語は映画に音楽性を与えてくれるんです」

 マニタスの元妻ジェシーを演じたのは、ポップアーティストとして知られるセレーナ・ゴメス
マニタスの元妻ジェシーを演じたのは、ポップアーティストとして知られるセレーナ・ゴメス[c]2024 PAGE 114 WHY NOT PRODUCTIONS PATHÉ FILMS FRANCE 2 CINÉMA 制作:サンローラン プロダクション by アンソニー・ヴァカレロ

――ちなみに、ミュージカルならどんな作品がお好きなんですか?

「好きなのは『シェルブールの雨傘』や『キャバレー』、『ヘアー』もお気に入りです。これらの作品の共通点は、その背景に戦争があるところ。『シェルブールの雨傘』はアルジェリア戦争、『キャバレー』はナチズムの台頭、『ヘアー』はベトナム戦争です。史実や現実に基づいた設定が好きなんです」

――それは監督のほかの作品にもみられる傾向ですよね?

「そうですが、映画を撮る時に私が最初に考えるのは、その企画が映画としての正当性を得ることができるかどうかなんです。映画としての正当性、これに対してはいつも自問自答しています。つまり映画が、なにかできる役割を持てるかどうかであり、シネマとして成立しているかです。いまはとても複雑な世の中で、いろんな衝突や緊迫が毎日のニュースを賑わせていますが、そのなかで映画に役割があるのかと問われると、『あります』とはきっぱり言えないかもしれない…。


とはいえ、個人的にとても興味をもった社会的な事件をひとつ挙げるならば、フランスで起きた“イエローベスト運動”でしょうか。燃料税の引き上げに対するデモで、地方の低層階級の人や、車がないと生活できない人たちが参加しました。でも、燃料税の引き上げはきっかけにすぎず、その運動は全国に飛び火して、世の中に対するうっぷんを晴らすかのような運動へと膨らんでいったんです。あとは、地方の過疎化にも興味があります」

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