ゾーイ・サルダナのパフォーマンスに酔いしれたい。アカデミー賞最多ノミネートのミュージカル『エミリア・ペレス』を映画のプロたちが語る

ゾーイ・サルダナのパフォーマンスに酔いしれたい。アカデミー賞最多ノミネートのミュージカル『エミリア・ペレス』を映画のプロたちが語る

今年度米アカデミー賞で、作品賞など最多の12部門13ノミネートと注目を浴び、助演女優賞(ゾーイ・サルダナ)と歌曲賞(「El Mal」)を受賞した注目作『エミリア・ペレス』が、いよいよ日本公開された。欲しいものをすべて手に入れてきたメキシコの麻薬王マニタス(カルラ・ソフィア・ガスコン)が、たったひとつ手に入れられなかったもの…それは子どものころからずっと欲していた本当の性=“女性”になること。自分に正直に生きることを決意し、女性弁護士リタ(ゾーイ・サルダナ)に協力を求めた彼は性適合手術を受け、エミリア・ペレスという名で女性としての新しい人生を歩み出す。しかし、すべて捨てたはずの過去の中にも捨てきれないものがあった。そしてそれは、“彼女”の人生を大きく揺さぶっていく。

ミュージカルという形式を借りつつ展開する物語は、意外性と驚きに満ちており、スリルと緊張感を増していく。カンヌ国際映画祭でアンサンブル演技を高く評価された女優4人の演技、そしてフランスの鬼才ジャック・オーディアールの剛腕演出も光り、とにもかくにも見逃せない本作。この映画に魅了された映画ライターの渡辺麻紀と相馬学、MOVIE WALKER PRESS編集部の野口(40代・女性)と高橋(30代・男性)の4名が、座談会形式で『エミリア・ペレス』を深掘りする。

「ジャック・オーディアール監督のミュージカル作品。予備知識なしで楽しめた!」

 フランス、パリ生まれのジャック・オーディアール監督
フランス、パリ生まれのジャック・オーディアール監督[c] Jacques Audiard

渡辺「オーディアールの新作という以外、前知識を持たずに観たんだけど、すごくおもしろかった。ミュージカルで始まり、トランスジェンダーの話になって、中盤でようやく“エミリア・ペレス”って、この人の名前か!と知って驚いた。予備知識なしに観るほうが楽しめるんじゃない?」

相馬「たしかに。そもそもオーディアールがミュージカルを撮るということだけで意外ですよね。冒頭ゾーイ・サルダナが歌って踊るシーンからして引き込まれました」

渡辺「あれはかっこいいよね。私は個人的にミュージカルってそこまで好きじゃなくて。ミュージカルのシークエンスが入ると物語が止まってしまうことが多いから。でも『エミリア・ペレス』の冒頭のシークエンスは、あの歌でリタが置かれている状況をすべて語ってしまうから、ドラマが流れ続ける。ほかのミュージカルシークエンスも同様に、ドラマのパートとシームレスにつながっているし」

高橋「歌の入りはとてもシームレスでしたよね。会話をしているようなミュージカルというか」

弁護士のリタ(ゾーイ・サルダナ)は、麻薬王のマニタスに誘拐され、女性になる手助けをしてほしいと頼まれる
弁護士のリタ(ゾーイ・サルダナ)は、麻薬王のマニタスに誘拐され、女性になる手助けをしてほしいと頼まれる[c] 2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHE FILMS - FRANCE 2 CINEMACOPYRIGHT PHOTO : [c] Shanna Besson

野口「私も最初はオーディアールがミュージカルを撮ることに驚きましたが、観終わってみると表現が若々しくて。とても72歳の監督が撮った映画とは思えず、違う意味で驚きました。ミュージカルだけではなく、ドラマもサスペンスもアクションも詰まってる」

相馬「冒頭でゾーイが歌う『El Alegato』のシーンでは、男性優位の社会でリタが下に見られ、どんなに頑張っても手柄は横取りされる、っていうやるせなさがよく出ていました。このシークエンスに続いて、法廷を出たあとのシーンで、外にいる女性にリタが『タンポンある?』って尋ねるじゃないですか?このへん、全部ひっくるめて“これは戦う女性の物語です”と宣言している感じがしました。カンヌ国際映画祭で、この映画の女優4人がそろって女優賞を受賞したのは、その象徴かなあ、と」

 麻薬王として非道な行いをしてきたマニタスは、エミリア・ペレス(カルラ・ソフィア・ガスコン)という名前の女性として、新たな人生を歩みだす
麻薬王として非道な行いをしてきたマニタスは、エミリア・ペレス(カルラ・ソフィア・ガスコン)という名前の女性として、新たな人生を歩みだす[c] 2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHE FILMS - FRANCE 2 CINEMACOPYRIGHT PHOTO : [c] Shanna Besson


渡辺「オーディアールの映画は必ず、いまの時代を反映しているしね。社会性が確実に宿っている。スペイン語で撮ってることにも驚いたなあ。フランス人なのにね。でも『ゴールデン・リバー』は英語だったし、『ディーパンの闘い』ではタミル語も混じってたから、グローバルな視点で人間を撮れる人なんだなあという発見もありました。そのうち日本語でも撮るかも(笑)」

相馬「それは観てみたい(笑)。自分はオーディアールの映画を、野性的な人間ドラマと捉えています。獣的というか、ともかく獣同士がぶつかると状況がどんどんバイオレントになる。その結果、『ゴールデン・リバー』のように腕をなくしたり、『君と歩く世界』のように脚を失ったりするけれど、それでも“かわいそう”という同情を必要としないんですよね。共感は覚えても、むやみに感傷的にはならない」

 マニタスの元妻ジェシー(セレーナ・ゴメス)は夫が死んだと思いこみ、子どもたちと静かに暮らしていた
マニタスの元妻ジェシー(セレーナ・ゴメス)は夫が死んだと思いこみ、子どもたちと静かに暮らしていた[c] 2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHE FILMS - FRANCE 2 CINEMACOPYRIGHT PHOTO : [c] Shanna Besson

渡辺「『君と歩く世界』は、まさにそれだった。とにかく、むき出しの、力強い映画を撮る人だよね。『ゴールデン・リバー』もそうだけど、開拓時代の西部って自然がむき出しだし、そういう汚い世界を汚いまま見せてしまうようなリアリティを感じます。今回の映画ではメキシコを舞台にして、それをやっている。メキシコはそういう部分だけじゃないだろうし、いいところもあるに違いないんだけれど、一方では麻薬ビジネスでしか生きられなかった人がいるという現実もある」

相馬「世界中どこでも一緒ですよね。東京だってきれいなところも汚いところもある。麻紀さんがさっき言われていたグローバルな視点は、そういう部分にも表れていますね」

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