時代劇『陽が落ちる』がお披露目!監督やキャスト陣が語り合った、現代を生きる人々にも通じるワケ&濃密な芝居の裏側
切腹を命じられた夫とその妻の一夜を描く時代劇『陽が落ちる』(4月4日公開)のMOVIE WALKER PESS試写会が3月21日に神楽座で行われ、竹島由夏、出合正幸、前川泰之、黄川田雅哉、村上弘明、柿崎ゆうじ監督が出席した。
『コウイン ~光陰~』(23)の柿崎監督がメガホンを取った本作。主人公となるのは、封建の世に生きる武士の妻として夫を支えながらも、家族を守るために己の意志を貫く武家の女性、良乃。柿崎監督作品で存在感のある演技を魅せてきた竹島が良乃を演じ、蟄居(ちっきょ)を命じられた武士の夫、久蔵(出合)と過ごす日々を通して、武家社会の中なか紡がれる美しい夫婦の情愛と家族愛を描く。ロンドン国際映画祭2025、エディンバラ国際映画祭2025で最優秀監督賞をはじめとした数々の賞を受賞し、ヘルシンキシネアジア映画祭でも正式出品を果たすなど、国内外で高く評価されている。
上映後の感動と興奮が漂うなか、大きな拍手に包まれてステージに上がった登壇者陣。「この映画を撮ったのは1年以上前」と切りだした柿崎監督は、「観ていただけて、大変うれしく思っています」と挨拶。竹島も「この日を迎えられて、胸がいっぱいです」と続き、「この作品は私にとって集大成でもあり、これからの始まりのような作品になりました」と力を込めていた。
殺陣や勧善懲悪の要素ではなく、夫婦の絆に焦点を当てた時代劇となった本作。「子どものころから、時代劇のファン。いつか時代劇を撮りたいと思っていた。今日は皆様に観ていただけて感無量」と話した柿崎監督は、「現代を生きる我々にも通じる時代劇とはどのようなものだろうと、日頃から漫然と考えていた。女性が主人公の時代劇を撮ってみたいというところから、スタートした」と着想について明かす。
主人公として、夫の運命を前に気丈に振る舞う良乃を凛とした佇まいで演じた竹島は、「とても難しい役でした」と吐露。「脚本を読ませていただいて、江戸時代にはきっと、どこかにこういう女性がいたんだろうなと思いました。夫や子どもを守ること以上に、脈々と続いてきた先祖からの血を絶やしてはいけないという想いのなかで、どのようにこの先に繋げていくのかということを考えていた人」と演じた役柄を分析した。撮影は、柿崎監督のこだわりから、シナリオの冒頭から順を追って撮影していく「順撮り」で行われたとのこと。竹島は「順番に撮影をさせていただいたからこそ、日に日に夫や子どもへの想いが蓄積されていって、最後の表現ができた」と良乃として生きた日々を振り返っていた。
そんななか、柿崎監督が「リハーサルをやった時に、夫婦役の2人が逆のものを持ってきた。リハーサルを見て、全否定した。こんな侍ではないし、こんな侍の妻ではないと。クランクイン前にいろいろな話をした」と竹島&出合が演じた夫婦役について、裏話を披露する場面もあった。出合は「侍に対してのイメージがあった。それを監督に持って行ったところ、『まったく脚本を読めていない』と言われて。強烈な言葉をいただいた」と苦笑いを浮かべ、竹島も「最初はお互いに、男らしい夫、三歩下がる妻というキャラクターを演じようとしていた。監督から『そうではない、逆だ』と言われました」と話すなど、これまでの時代劇のイメージを覆すような夫婦像を求められたという。
出合は「僕が演じた久蔵は、いわゆる侍然(さむらいぜん)とした人間ではなくて。どちらかと言うと、すごく弱い人間。そのなかで武士としての誇りもあり、家族を守らなければいけないという想いをしっかりと体現できればいいなと思っていました」と演じるうえで大切にしていたことを語りながら、「監督からは、『表現は考えないで、目に(感情を)宿してほしい』と。その言葉はすごく衝撃的でした。本当に貴重な役に向き合えた」と柿崎監督に感謝。柿崎監督は、「やはり順撮りとあって、2人の気持ちも刻々と進んでいく。自然と終盤になると痩せていくこともあった。2人には『コーヒーを飲まないように』『差し入れも、洋物はダメだ』とお願いして。それくらい、その時代に入り込んでほしかった」と時代の空気をまとうように、どっぷりと役に浸ってもらったと話していた。
久蔵の友人である、伝兵衛と新三郎を演じたのが、前川と黄川田だ。友が切腹されてしまうという状況のなか、友情とお上からの絶対的な命令の間で揺れるという難しい役どころを演じた。
伝兵衛役の前川は「台本を読ませていただいた時に、自分はこういう役がやりたくて、役者の世界に入ったんだということを思いだした」と告白。「きっかけになったのは、浅田次郎さん原作の『壬生義士伝』。この小説も武家社会、封建社会のなかでもがき苦しむ家族や友情の話。そういう話がすごく好きなんです。だからこそ今回、こんなステキな役をいただけたんだとうれしかった」と目尻を下げ、「いつもならば侍の役作りとして、感情をいかに抑え込むかを考えるものですが、今回は武士でもあるけれど、人間でもあり、感情が動いてしまう出来事が巻き起こる。監督には、感情が少し漏れ出てしまってもいいですか?と相談させていただきながら、演じました」と人間らしい一面も大切にしながら、役作りをしたと回顧した。
新三郎役の黄川田は、「葛藤だらけの役。どうすれば、いまの時代を生きている僕が演じられるだろうかと考えた」と口火を切り、「友人3人の日々や、妻同士の関係はどうだったんだろう。武士としてはお上からの命令には逆らえないので、それを自分のなかでどう噛み砕いたのだろうかなど、台本には書かれていない部分をたくさん考えて。『こんなこともあったかもしれない』といった“かもしれない”みたいなものをたくさん持って現場に行って、監督に提案させていただきました。いろいろな感情を持っていったうえで、前川さんの目を見て、声を聞いて、空気を感じながら、素直に演じればいいんじゃないかと思っていました」と濃密な芝居の裏側を口にしていた。
武士社会の秩序を体現する立場でもある松平康秀を演じた村上は、「切腹に立ち会う、見届け人」と役柄を紹介。「300年ほど前に、山本常朝が(武士道の書物)『葉隠』というものを唱えましたが、どのような暗愚な殿様であれ、切腹を命じられたら、潔く成し遂げるのが侍。その覚悟がなかったら、いざ戦になった時に敵陣に突っ込むなどどうしてできるのであろうかということ。当時の武士道は、武士にとっては思想であり、宗教、哲学でもあったわけです。そのなかでは『肉体は死んでも、魂は生き続ける』という考え方があり、(久蔵にも)潔く今世と別れ、いい死に方をさせてやりたい。そういう舞台を整えてやりたいという想いで、演じていました」と打ち明けていた。
貴重なトークに観客もじっくりと聞き入っていたが、最後に柿崎監督は、「夫婦や友が、不条理、理不尽をどのように受け入れたかを描いています。良乃が泣き叫ぶシーンは、どれだけ身を律していても、人間である以上は心の混乱がマグマのように吹きだすことがある。誰も見ていないところで吹き出す感情を、力を入れて描きました。また子どもに『生きるとはなにか』ということを教え聞かせるシーンにも、力を入れています。いまの世の中にも必要とされることがたくさんある、現代にも通じるものがあると思っています」と力強くコメント。
竹島は「江戸時代はいまよりも、もっとゆったりと時間が流れいていたはず。そして人と人の繋がりも、もっと深いものがあったんだろうと感じました。そのなかで凛として生き抜いた人たちの血が、きっと私たちにも宿っていると思っています。ご覧になった方の心に、そういった想いが伝わればいいなと思っています」と願いを込め、出合は「“ザ・時代劇”ではなく、江戸末期に存在したひとつの家族を描いています。そういう家族が、本当にいたんだろうなと思っていただけたらすごくうれしいです」とメッセージ。
前川が「不条理な世界で『この人の対して、自分はなにができるだろうか』と考えて、行動していく物語だと思っています。辞書で調べたところ、それは“慮る”という言葉でした。他人のために想いを巡らせて、なにかできないだろうかと考えるのは、もともと日本人が持っている気質だと思います。いま忘れがちな、日本人のステキな部分を描いた、ステキな作品」と胸を張るなか、黄川田は「この作品を観て、当たり前だと思っている日常や人間関係が、少し愛おしく思ってもらえたらいいなと思います」とにっこり。村上は「それぞれの時代によって、考え方や価値観は異なります。その時々の時代のながれ、歴史の流れを知ることがいまを客観的に見つめ直すことになる。この映画を見た皆様が、日本の文化や歴史により興味を抱いてもらえたら幸いです」と呼びかけ、大きな拍手を浴びていた。
取材・文/成田おり枝