真面目な公務員から“クズ”に闇落ち!北村匠海が「求めていた作品」と明かした『悪い夏』の舞台裏
「河合優実さんとは、テレパシーに近い感じのものがありました」
そんな本作の前半の見どころは、佐々木と生活保護受給者のシングルマザー・林野愛美(河合優実)との、揺れ動く関係性や距離感の変化だ。愛美が佐々木を誘惑し、裏社会の住人たちがその模様を隠し撮りした録画映像を使って彼を脅迫。ホームレスに不正に生活保護を受給させる「生活保護曽ビジネス」の窓口に利用しようとするが、愛美は自分に親身で娘の美空にも優しく接する佐々木に、次第に特別な感情を抱き始め、佐々木も彼女と一緒にいる時間がかけがえのないものになっていく。そんな彼らの心の揺らぎが、セリフではなく、二人の佇まいや息吹から自然に伝わってきて目が離せなくなる。
「どこでお互い相手に対する恋心のようなものに気づくのか、気づかないのか?そこはかなり曖昧なので、現場で監督も交えて話し合いながら演じました。愛美のほうはそもそも守をハメるのが目的だったわけですけど、そこからなにがきっかけで恋心が芽生えたのか?そこではそんなに劇的なことは起こらないので、常にシュールで微妙なポイントを突き続けるのが、序盤から中盤にかけての僕ら役者の役割で。守にしても、明確に言葉にするまでは愛美に対する思いを表には出さないから、それを踏まえながら、彼女といる時にどういう表情でいたらいいのか考え、とにかく曖昧な状態のまま撮影を進めていきました」。
愛美を演じたのは、ドラマ「不適切にもほどがある」や『あんのこと』(24)、『ナミビアの砂漠』(24)などの話題作で脚光を浴び、2024年に大旋風を巻き起こした河合優実。本作でも真意を読み取らせない難役をまんまと自分のものにしていて、北村も「彼女の存在は大きかったですね」と強調する。
「現場や作品に対する捉え方が自分と似ているなと勝手に思っていて。どちらかがリードするわけでもないのに、同じ歩幅で日々を進んでいく心地よさがあったんです。しかも、それは言葉のキャッチボールといったものではなく、テレパシーに近い感じのもので。河合さんがいままで感じてきたことや、いままさに感じていることを自分も少なからず経験していまがあると思うし、だから、お互いにすんなり理解し、共感することができた。その関係性を城定監督が瞬時に察知し、同じ立ち位置で物事を見てくださったおかけで、河合さんと僕だったから、このニュアンスになったようなシーンがいくつも生まれたような気がします」。
「全員から飛んでくるいろいろな球をすべてキャッチしなければいけない役で、大変でした」
河合のほかにも、本作には生活保護費を不正に受給している元タクシー運転手・山田吉男役の竹原ピストル、ケースワーカーを窓口にする「生活保護ビジネス」のアイデアを最初に思いつく裏社会の住人・金本龍也役の窪田正孝、正義に異常なほど固執する守の同僚・宮田優子役の伊藤万理華など、芝居巧者のツワモノたちが、手を変え品を変え守に襲いかかってきて観客の心をざわつかせる。だが、北村にとっては、それもどうやら刺激的だったようだ。
「個性的な役しかいなかったし、全員から飛んでくるいろいろな球をすべてキャッチしなければいけない役だったから、大変でした(笑)。河合さんは速い球とゆっくりな球を芝居ごとに使い分ける人でしたけど、ピストルさんは常に剛速球を投げてくる。万理華さんも変化球をいくつも持っていたから、演じながらスゲ~と思っていたし、窪田さんにいたっては基本すべてがアドリブなんです(笑)。セリフをなぞりつつ、金本というキャラクターが使いそうな接続詞や相槌を自由に取り入れていた印象で。そんな球を全部受けなきゃいけない僕は試されていましたね。でも、守はどんどん引き算をしていくキャラクターだと考えていたので、皆さんの千本ノックを受けながら、落ちれば落ちるほど言葉を失っていく芝居を作っていくのは、やっていておもしろかったです」。
それだけではない。楽しみにしていた、城定監督ならではの視覚に訴える奇抜な撮影も楽しんだようで、「カメラワークやカット割りも実験的なことが多かったような気がします」と述懐。佐々木が刑事から衝撃の事実を聞かされるシーンの撮影に触れた時の北村の言葉は、より弾んでいるように聞こえた。
「あそこで涙を流したのはアドリブで。僕と(城定監督と何度も組んでいる)カメラマンの渡邊雅紀さんの間では『(涙が)来るよね、来るよね』というコミュニケーションが自然に出来上がっていたので、あの画を撮ることができたんです。守の単体のシーンは、わりとそういう実験的な撮り方をすることが多かったかもしれない」。
その最たるものが佐々木が本音をぶちまけるクライマックスの独白のシーンだが、「実はあれを撮影2日目ぐらいに撮ったんです」と言うから驚く。「佐々木の感情が変化するプロセスを踏んでからあのシーンを撮ったほうがやりやすい気もするけれど、プロセスを踏んだために理性が生まれてしまう危険性もあるので、僕は2日目にあれを撮ったのは正解だと思っていて。自分は現場であまりモニターをチェックするタイプではないから、どんな芝居や画になっているのかわからなかったんですよ。でも、初号試写で初めて観た時に、守の壊れ方が自分でも腑に落ちたんです。もっと激しく暴れたり、物に当たったりして、非現実的になり過ぎちゃうところを2日目の芝居だったから回避できて、結果的によかったんですよね。まあ、城定監督は現場ではただただ申し訳なさそうにしていましたけど、監督に『さあ、どんなふうに壊れてくれるんだ?』って期待されている感じもしたし、僕も監督の立場だったら、あの瞬間はけっこうおもしろいかもって思えちゃったんです(笑)」。