「魔物と生きる」金原ひとみがニコール・キッドマン主演映画『ベイビーガール』に寄せた特別エッセイ
映画界の最前線を駆け抜けるスタジオA24とニコール・キッドマンがタッグを組み、第81回ヴェネチア国際映画祭にて最優秀女優賞を獲得、TIME誌が選ぶ2024年映画No.1に輝いた『ベイビーガール』(3月28日公開)。このたび、芥川賞作家の金原ひとみが本作に寄せた特別エッセイが映画公式サイトで公開された。
愛する夫と子ども、キャリアや名声と、すべてを手にしたCEOが、年下のインターンによって秘めた欲望を嗅ぎ分けられ、力関係が逆転、深みにはまっていく様を、行先不明のスリリングな展開と大胆な官能で描く本作。A24史上、“最高に挑発的!”(TIME誌)な1本が、日本を熱く高ぶらせる。すべてを兼ね備えながらも、満たされない渇きを抱える主人公のロミーを演じるのがキッドマンだ。「役者として、人として、すべてをさらけ出した」と告白する圧巻の演技を披露し、ヴェネチア国際映画祭で最優秀女優賞を獲得。インターンの立場からCEOを誘惑するサミュエルに、『逆転のトライアングル』(22)のハリス・ディキンソン。ロミーの夫のジェイコブに、『ペイン・アンド・グローリー』(19)で数々の栄えある賞を受賞したアントニオ・バンデラス。監督は俳優としても活躍し、ニコールにあて書きした脚本でその稀有なる才能を開花させたハリナ・ラインが務める。
戸惑いと葛藤に激しく揺さぶられながらも、いつしかサミュエルとの刺激的な駆け引きに溺れていくロミー。ユーモアとロマンティックが交錯する綱渡りの果てに、ロミーのたどり着く先は?自分を愛することを讃える、新時代のエロティック・エンタテインメントが誕生した。
2003年「蛇にピアス」ですばる文学賞を、翌年同作で芥川賞を受賞。その後も「TRIP TRAP」で織田作之助賞、「マザーズ」でドゥマゴ文学賞を獲得。近年も、「アタラクシア」で渡辺淳一文学賞、「アンソーシャル ディスタンス」で谷崎潤一郎賞、「ミーツ・ザ・ワールド」で柴田錬三郎賞に輝くなど、めざましい活躍をみせる金原。作家生活は20年を超え、昨年発売の「ナチュラルボーンチキン」は数々のメディアで紹介され、圧倒的な絶賛と共感を集めた。4月10日には最新刊「YABUNONAKA—ヤブノナカ—」が控えるなど、精力的な活動を続けている。
金原は、昨年発売された「新潮」2025年1月号に、「ニコール・キッドマンの初恋」という随筆を寄せている。誰もが知るハリウッド女優キッドマンが、金原の人生の節目にアイコニックに存在していたというエピソードが綴られたこの随筆を目にした映画サイドから、“いまのニコール・キッドマンをご覧いただきたい!”という熱烈なオファーをしたことで金原が執筆を快諾。現代を生きる生身の女性の心と身体についての作品も多く執筆している金原が、今回キッドマン演じるCEOが年下のインターンによって秘めた欲望を見抜かれ、危険なパワーゲームを繰り広げていく映画『ベイビーガール』に、「魔物と生きる」というタイトルで特別エッセイを書きおろした。本エッセイは映画公式サイトから読むことが可能だ。
あらすじだけを辿ると、センセーショナルな映画と捉えられるかもしれないとしたうえで、「本作品が描いているのは、この数十年で変化した先進国的な価値観の中で居場所を無くしつつある、人々の『乖離』の行く末だ」と金原は語る。「善き人でありたいと望むことと、破滅したいと望むこと」といった欲望と理性、野心と道徳といったアンビバレンツな感情で揺れ動く主人公ロミーのように、「健全さを求める現代社会と己を突き動かす衝動の間で、引き裂かれんばかりになっている人は少なくないだろう」と慮り、「人間の生き方が狭まっていく二千二十年代に於いて、本作は今まさに必要とされていた映画とも言える」と作品を讃えている。
果たして、ロミーが自分の心に棲みつく“魔物”とどう対峙するのか。特別エッセイの全容とともに、燃え盛る危険なパワーゲームの行方はぜひ劇場で確かめてほしい。
文/山崎伸子