このプレー初心者すぎるだろ!笑いが恐怖に変わる瞬間が味わえる映画『バイオハザード』の臨場感
笑いと恐怖は同じ仕掛けでできている
こうした“やらかし”がいちいち笑えるのは、観客自身も身に覚えがあるからだろう。ゲーム実況で、プレイヤーが自分と同じところでつまずくと妙に笑えてしまう、あの感覚に近い。クレッガーは「ジョーク(笑い)の構造とスケア(恐怖)の構造はほぼ同一」だと語る。今度こそ南京錠が開くか…と期待させて、やっぱり開かない。前振りとオチで予想を裏切るという点で、笑いと恐怖は同じ仕掛けでできているのだ。
両者を分けるのは、観客の立ち位置。安全な場所から失敗を眺めていれば笑いになり、その失敗が命取りになると気づいた瞬間、同じ場面が恐怖に変わる。しかも映画では、観客はコントローラーを握れない。「そこは撃つな!」「早く逃げろ!」と心の中で叫んでも、ブライアンのミスをただ見守るしかない。笑っていたはずの観客は、いつの間にか、ゲームで追い詰められた時と同じ焦りを味わされているのだ。
ブライアンの成長が観客の達成感に
だからこそ、後半の成長が効いてくる。武器はハンドガンからショットガン、MP5へとパワーアップし、経験値を重ねたブライアン自身のスキルもレベルアップしている。それまでの失敗を見守ってきた観客にとって、ゲームで覚えた戦法が通用して彼が大はしゃぎする瞬間は、自分まで攻略に成功したような喜びに変わる。
最初はヘッポコ主人公を笑っていたはずが、気づけば本気で応援している。恐怖と笑い、失敗と成長の境目を揺さぶり続け、観客を“見る側”から“プレーする側”へと引きずり込む。それこそが、ザック・クレッガー版『バイオハザード』のおもしろさなのだ。
文/竹島ルイ
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