『本当にあった話(の話)』人物相関図!怪演が話題の水上恒司らキャスト、武井佑吏監督、 原作者の鴻池瑠衣が語る本作への想い
振り切った怪演が話題になっている水上恒司主演のディストピア映画『本当にあった話(の話)』 (公開中)。このたび、“複雑すぎる関係性”を紐解く人物相関図と、水上らキャスト、武井佑吏監督、原作者の鴻池瑠衣が本作について語るコメントが解禁された。
劇中では、実際に起きたとされる「配偶者入れ替え連続殺人事件」を元に、事件を題材にした舞台「貴子とマサキの恋物語」が作られることに。その制作過程を取り巻く俳優、演出家、脚本家ら登場人物たちの関係性が描かれていく。今回公開されたのは、映画『本当にあった話(の話)』の人物相関図だ。
舞台の主演を務める夛田(水上)とヒロイン役の米良(黒木華)、脚本家の垣内(小池栄子)、演出家の加藤(佐々木蔵之介)らをはじめ、プロデューサーの牧野(荒木秀行)、劇団エースの西館(大東駿介)ら、さまざまな人物が関わってくる。同じ舞台を作り上げる仲間なのか、敵なのか。登場人物それぞれの立場をたどることで、予想できない展開が待ち受けている。
さらに、夛田の妻であるアリサ(山下美月)と、同じ職場の男性社員との“不倫”も描かれるなど、舞台の世界だけにとどまらず、それぞれの思惑や関係性が複雑に絡み合っていく。誰と誰がつながり、誰がなにを画策しているのか。それぞれの思惑が交錯するなか、次第に人間関係が歪んでいく。その先で待ち受ける、予測不能な物語とは。登場人物たちの“絡み合う関係性”を紐解く人物相関図とともに、彼らが織りなす物語の行方にぜひ注目してほしい。
実際に起きた「配偶者入れ替え連続殺人事件」と、それを題材にした舞台をめぐる、現実と虚構が入り混じった物語である本作。自分は「本当のこと」を言っているだけ。そう信じる夛田の姿について、水上は「思い込み」に着目し、人は他者を簡単にカテゴライズしてしまうことがあり、夛田はそうした世の中のあり方を具現化したものでもあると捉えたと言う。
そんな夛田と向き合う米良(黒木)は、脚本を読んだ際に「よくわからない、でも気になる」という感覚を抱いた。理解することが簡単ではない人物たちが、稽古を重ねるなかで互いの考えをぶつけ合っていく本作。その世界に、黒木は共演者たちとともに“探検するような気持ち”で臨んだ。
舞台を取り巻く人物たちもまた、それぞれが異なる“正しさ”を抱えている。脚本家の垣内(小池)は、武井監督が作り上げる「幻想的な世界観」に入り込みながら撮影に臨み、「狂気と正気は紙一重」と感じたという。そんな世界のなかで、垣内とともに舞台を作り上げる演出家の加藤(佐々木)もまた、「ひと筋縄ではいかない役」だ。佐々木はそんな役柄を楽しみながら、武井監督が作り上げる独特な世界へと入り込んでいった。
一方、舞台の世界から離れたところにも、それぞれの“正しさ”を抱える人物がいる。夛田の元妻であるアリサ(山下)について、山下はその正しさを強い武器として捉えながら、その武器を振りかざすことで生まれる人間の矛盾や不自由さについて体現している。
そんなふうに、舞台の中でも、舞台の外でも、それぞれが自分なりの正しさを信じているからこそ、物語のなかでは、その正しさ同士が少しずつぶつかり合っていく。
武井監督は、登場人物たちについて「自らの論理を疑わず、それぞれが突き進んでいくと、結局はぶつかり合って破綻してしまう」と言う。さらに、周囲から「狂っている」「気持ち悪い」と捉えられることも予期していたという夛田についても、「彼なりの論理や背景がある」と語っている。
そもそも武井監督が映画化にあたり強く惹かれたのは、原作に描かれた“無垢な心”だった。「配偶者入れ替え連続殺人事件」に取り憑かれ、自分の意志を貫こうとする夛田。その“無垢”なまま突き進む姿を起点に、原作では描かれていなかった稽古の過程を大きく膨らませ、それぞれの無垢な心がぶつかり合う物語へと広げていった。
また、原作には「ある事件を演劇にする」というメタ的なおもしろさがあり、武井監督はそこに「それを映画にする」という入れ子構造を重ねたという。原作の持つ構造を起点に、映画ならではの形へと広がった本作。そのなかで描かれるのは、誰か1人の“本当”ではなく、それぞれが信じるものがぶつかり合い、やがて現実そのものを揺らしていく世界だ。
なにが本当で、なにが嘘なのか。誰かにとっての正しさは、別の誰かにとっても本当に正しいのか。キャストそれぞれの視点と、武井監督、原作者の鴻池によって形作られた世界が重なり合うことで、1つの答えには収まらない物語が生まれた。
「観たことのない映画」を届けたい。そんな想いから生まれた、現実と虚構、正しさと狂気が交錯する本作が描く物語の行方に、ぜひ注目してほしい。
文/山崎伸子
