「DCユニバースの境界を広げるチャンス」ジェームズ・ワトキンス監督が語る、『クレイフェイス』で描かれる“共感”と“恐怖”
「どの瞬間に一線を超えてしまうのか。繊細で興味深い境界を本作では描く」
『バイオレンス・レイク』(08)ではスラッシャーを描き、『ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館』(12)ではゴシック調の雰囲気がただようホラーを、『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』(24)ではいわゆる“ヒトコワ”と、ホラー作品を手掛けるたびに異なるアプローチに挑んできたワトキンス監督。そのいずれにも共通してきた点は、“人間”を描くということ。「そして今回は“ボディホラー”です。自分の体になにかが起こるかもしれないという恐怖は、誰にとっても身近な恐怖だと思います」と、また新たなアプローチに踏み切ったことを明言する。
「マット・ヘーゲンは懸命に働いてきた男。でもそれが奪われ、すべてを失い、合法的な手段で取り戻そうとしてもうまくいかない。なのでより危険な手段に手を伸ばすことになる。社会にのけ者として扱われることを恐れ、『自分の人生を取り戻そうとしているだけ』と語る彼の必死な道のりに寄り添うことが、大きな共感を呼ぶものだと感じたのです。また、劇中で描かれるような医療科学の革命的な変化は、大きな負を伴う可能性がある。これもボディホラーと親和性が高く、同時にマットのストーリーとつながる掘り下げがいのある恐怖なのです」。
ワトキンス監督は「マットの目を通して物事を見て、彼の旅路を理解してほしい」と、本作を待つ観客に呼びかける。「たとえばデヴィッド・クローネンバーグ監督の『ザ・フライ』では、主人公のジェフ・ゴールドブラムの見た目が変態していっても、観客はずっと彼の内側にいることができました。それと同時に、ジーナ・デイヴィスの視点にも深く入り込むこともできた。本作も同じように、マットとナオミ・アッキー演じるケイトリンの双方に、観客が寄り添える曖昧さと、共感の余地を残しています」。
そして「超人的な能力を得る過程では、畏怖や驚嘆、喜びがある一方で、強い不穏さもあるものです。正義に生きる可能性も手にするが、どの瞬間に一線を超えてしまうのか。その繊細で興味深い境界を本作では描いています。私が常に重視していることは緊張と緩和。ユーモアが含まれることで、ホラーはいっそう際立つものです。観客の皆さんには、壮大な感情のジェットコースターを体験していただきたい」と、作品への期待感をあおった。
取材・文/久保田 和馬
