『ハムネット』ラストシーンが圧倒的に感動する理由とは?SF映画『メッセージ』ともつながる喪失と生命の円環

『ハムネット』ラストシーンが圧倒的に感動する理由とは?SF映画『メッセージ』ともつながる喪失と生命の円環

名曲「On the Nature of Daylight」が提示する宇宙と生命の理

このシーンでは、バックリーがジャオに勧めたことによって、新曲ではなくリヒターが2004年に発表した楽曲「On the Nature of Daylight」が使用されている。5つの弦楽器とミニムーグ(1970年に登場したアナログシンセサイザー)というシンプルな編成で、同じフレーズが静かに反復されるこの曲は、『シャッター アイランド』(09)や『トーゴー』(19)など数多くの映画で用いられてきた彼の代表作の一つだ。

なかでも注目したいのは、曲のイメージのみならず曲名ともリンクした、SF映画『メッセージ』(16)での使われ方である。「On the Nature of Daylight(事物の本性について)」という曲名は、古代ギリシアの哲学者エピクロスの宇宙論を、ローマの詩人哲学者ティトゥス・ルクレティウス・カルスが詩の形式で展開した書物「事物の本性について」に由来している。

主人公が幼くして死ぬことになる我が子の生命もまた永遠であることを知る『メッセージ』
主人公が幼くして死ぬことになる我が子の生命もまた永遠であることを知る『メッセージ』[c]Everett Collection/AFLO

エピクロスは、神による死後の世界を全否定した。しかし、死とは原子への分解であり、そうした意味において生命は宇宙の循環のなかでは永遠でもある。『メッセージ』の主人公は、そんな哲学を音像化した楽曲をバックに、幼くして死んだ我が子の生命もまた永遠であることを知る。『ハムレット』のアグネスも同じように、終わりなき喪失感を改めて噛みしめながら、同時に幼くして死んだ息子の人生にもかけがえのない価値があったという夫の想いを理解するのである。

物語の終盤、夫ウィリアムが書いた「ハムレット」の舞台を最前列で見守るアグネス(『ハムネット』)
物語の終盤、夫ウィリアムが書いた「ハムレット」の舞台を最前列で見守るアグネス(『ハムネット』)[c]2025 FOCUS FEATURES LLC.

その瞬間、一人の子どもの死は、世界文学の誕生へと静かに姿を変えるのだ。


文/長谷川町蔵

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