ティモシー・シャラメが語る、『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』に込めた並々ならぬ覚悟「俳優として全力を尽くすことに立ち返った」
「大きな夢を持つこと、野心を持つことという、いまの時代に特に大切だと思うテーマが詰まっています」
彼が挙げた2作品――『名もなき者』と『マーティ・シュプリーム』では、主演だけでなく製作にも名を連ねている。稀代の映画スターとして映画をヒットさせるだけでなく、パンデミック以降のハリウッドに立ちこめる暗澹とした空気を蹴散らすことも、自然と引き受けてしまっているように見えた。
「心から願っているのは、この映画がもっと大きなレベルで響くことです。興行収入の話じゃなくて、観る人、一人一人にとってという意味で。大きな夢を持つこと、野心を持つことという、いまの時代に特に大切だと思うテーマが詰まっているから。他人からは妄想に見えたとしても、自分の中にある高い理想に向かって突き進むこと。それがマーティ・マウザーというキャラクターを誇りに思う理由です。この映画はセンチメンタルじゃないし、倫理的になにかを主張しようとしているわけでもない。ただ、自分の限界まで夢を追うことについての映画です。いわゆる“権威ある”アワード向けの作品が揃う場所ではちょっと異質なテーマですよね。でも僕たちの映画は、異質でありたかった。若い子たちが映画を観て『卓球はよくわからないけど、家族や周囲の人々に否定されながらも一つの信念を持ち続けること、それならわかる』と思ってくれたとしたら最高じゃないですか。卓球が本当に美しいメタファーになっていると思います。マーティには金銭的な目標があるわけじゃない。純粋に競技への愛だけで動いている。自分が最強だと信じているんです」
映画の中で、その“異質さ”が試される瞬間が幾度も訪れる。観客に嫌悪感すら抱かせるマーティという人物が、それでも最後まで誰かの心を捉えるとしたら、それはなぜか。シャラメはこう語った。
「ラストシーンは、ジョシュにとっても大きな賭けだったと思います。マーティは嫌悪感を抱かせかねないキャラクターだから、あのシーンでは『観客がこの男が歩む旅路を信じてくれるか』というギャンブルを張っているんです。あのシーンでのマーティの涙をどう解釈するか——青春が終わりを告げる悲しみなのか、父親になることへの畏怖なのか――それは観客に委ねられています。実践的な話をすると、特別なことはなにもなくて、ただそのシーンで最善を尽くすだけでした。あの日、グリップ(機材設置)担当者が『(このシーンを)台無しにするなよ』と言ってきて、僕はそれで思わず笑いそうになりましたが」。
利己的に夢を追い求めた先にはなにが待っているのか――。あのシーンには人生の苦味が示唆されている。ティモシー・シャラメの「最高をつかむ」挑戦は、まだまだ続いていく。
取材・文/平井伊都子
