「アニメの原点は人の描いたものだというところに立ち返りたい」片渕須直監督が制作中の新作『つるばみ色のなぎ子たち』に込めたこだわりや若手育成について語る
愛知県名古屋市にて開催中の「第1回あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル」(通称ANIAFF)。片渕須直監督によるセミナー「これまでとは違う清少納言・枕草子・平安時代を描く」が、12月14日に名古屋コンベンションホールにて開催され、最新作『つるばみ色のなぎ子たち』の制作状況について語った。
こうの史代の同名コミックをアニメ映画化した『この世界の片隅に』(16)で、第40回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞、フランスのアヌシー国際アニメーション映画祭の長編コンペティション部門では審査員賞を受賞した片渕須直監督。そんな片渕監督の最新作『つるばみ色のなぎ子たち』は、平安時代の京都を舞台にしたオリジナル作品。「枕草子」の清少納言が生きた1000年前、疫病のまん延により数万人が亡くなり、時代が大きく変化していくなかで、日常に希望を見出しながら生きる少女たちの姿が描かれる。公開時期は未定で、現在鋭意制作中とのことだ。
まず初めに、片渕監督はタイトルにもある「つるばみ色」について触れた。「つるばみ」とはクヌギのどんぐりのことを指し、平安時代中期にはどんぐりから抽出したタンニンで作られた塗料があったのだそう。その塗料は、喪服を染める時に使われていた。片渕監督は会場のスクリーンに本作のティザービジュアルを映し出し「いま映っているのは、十二単を着ている女性です。十二単にも喪服があったんですね。そういう時代の話です」と話した。
本作の企画を考え付いたのは『マイマイ新子と千年の魔法』(09)のロケハンのため、山口県の防府市へ行った際、「国衙」というバス停の近くで見つけた田んぼで発掘調査をしていたことがきっかけだったという。その土地には10世紀後半から11世紀の頭にかけて大きな建物が存在しており、そこに住んでいたのは清少納言の父、清原元輔であったことがわかった。清少納言がその建物で暮らし始めたのはおそらく満8歳の時。「この地面は8歳の清少納言がペタペタと歩いてた地面じゃないか、という気がしてくるわけです。中学や高校の教科書に載っていた清少納言は、なんだか抽象的でよくわからない存在だったんですけど、ここをペタペタと歩いてる女の子は想像しやすい。その時から文学史上の抽象的な存在ではなく、リアルに存在し肉体を持っていて、いろんなことを考えていた清少納言というのが自分の頭のなかに住み着くようになっていきました」と語る。
それから片渕監督は、平安時代に亡くなった人たちの名前やその理由をまとめた表を投影して見せてくれた。清少納言が「枕草子」に「桜の花がきれいだな」といったような、のどかなことを書いていたのと同じ頃、その裏ではたくさんの人々が主に病気で亡くなっていた。つまり、「枕草子」には書かれていないことも多くある。たとえば、中宮定子に仕えていた清少納言が大内裏から出て別の場所で過ごすことになったある日、同僚たちと一緒に近辺を探検したことがあった。天文観測ができる建物の屋上へ登っていた時、同僚たちたちはみんな“うすにび色”を着ていたと書かれており、“うすにび色”とはグレーの喪服の色を指す。当時、喪服は黒だけではなく、亡くなった人に対して深い気持ちを抱いている順に暗い色の喪服を着ていたのだそう。その時は、中宮定子の父が亡くなったため定子がつるばみ色を着て、女房たちはへりくだり、うすにび色を着ていたのだと考えられる。このように「枕草子」が書かれた頃、清少納言たちは我々のイメージとは異なり、長い間にわたって華やかではない色の喪服を着ていたことがうかがえる。それだけ多くの人が亡くなった時代だということだ。「それは映画の題材になると思った」と片渕監督は言う。
