『小川のほとりで』のキム・ミニやクォン・ヘヒョ、『教授とわたし、そして映画』のチョン・ユミ…韓国の鬼才ホン・サンスの作品で輝くアクターたち
イザベル・ユペールもホン・サンス作品の常連に
ここまでホン・サンス作品常連の韓国俳優を紹介してきたが、それに準じる存在となっているのが国際的なスター女優であるイザベル・ユペールだ。『3人のアンヌ』に『クレアのカメラ』(17)、そして最新主演作『旅人の必需品』と3作に出演している。
初めて彼女の出演が決まった経緯も、“酒”絡み。ユペールのソウル訪問時に昼からサンスとマッコリを酌み交わし、出演のオファーがされたという。
『旅人の必需品』では、韓国に居る理由がよくわからないフランス人女性役。英語でコミュニケーションを取りながら、フランス語を個人教授する独自のメソッド(?)を編みだしている。そんな彼女の居候先は若い韓国人男性のマンション。しかしその母が現れたため、波風が立って…。いまや70代のユペールが、こんな不可思議な設定でピタッとハマるのも、“ホン・サンスマジック”と言うべきか?
時制のいじり方、撮影日ごとに完成するセリフのやり取りがホン・サンス流
我らが加瀬亮も、ホン・サンスワールドの一員となった過去がある。『自由が丘で』で彼が演じる主人公は、日記のように長々と手紙を綴っている。それが彼の思い人である女性の手に渡った際に、彼女は誤って手紙をバラバラにしてしまう。そして順番がわからなくなったまま手紙を読んでいくのだが、それが映画で描かれる時間となってしまう。
この作品に限らず、ホン・サンス作品における時制のいじり方は、変幻自在。男と女の恋愛劇が、ある時点まで来ると突然時制がリバースして、繰り返されたりもする。それは同じに見えつつ、ちょっとした行動やタイミングの差で、人間関係や色恋の行方などが、違う方向にドライヴしていくのである。それはサンス流のマルチバースとでも言うべきか?
こうした内容が、すべてロケで撮影される。どの作品も低予算ということもあって、撮影期間は2週間ほど。撮影に当たっての事前打ち合わせなどはない。出演者は、現場に入るまでなにを撮るのかまったくわかってない状態だという。
そして現場に着くと、監督が朝4時に起きて書いた、その日1日分のセリフが渡される。ホン・サンス作品は、まるでアドリブのように見えるやり取りも特徴の一つだが、実は俳優たちは一言一句間違えないように、その日分のセリフをその場で完璧に覚えなければならないのである。
その日の撮影が終わったら、監督はラッシュをチェックして、次はどんな流れにしようかと構想を練る。そして翌朝4時から1日分の脚本を執筆…という手順を繰り返す。ストーリーがどうなっていくかは、日々流動的。どんな結末を迎えるかは、最後の最後まで、監督にもわからない。
そんな手順が完全に確立されたなかで、得難い俳優陣を擁してのホン・サンス作品の円熟には、これからも期待大である。
文/松崎まこと

