『爆弾』山田裕貴vs佐藤二朗、取調室で緊迫の演技合戦!アドリブ炸裂、「2人にしかわからない世界があった」
呉勝浩によるベストセラー小説を映画化した『爆弾』(10月31日公開)。「スズキタゴサク」と名乗る中年男が放った爆破予告をきっかけに、謎解きゲームを仕掛けるタゴサクvs刑事たちによる極限の心理戦と、東京中を駆け巡る爆弾探しが始まる本作。とりわけ注目なのは、息を呑むほどの心理戦と、言葉の応酬が交わされる取調室のシーンだ。小さな密室のなかで実力派俳優陣が火花を散らす演技合戦は本作の大きな見どころで、撮影現場では、交渉人である刑事・類家を演じた山田裕貴とタゴサク役の佐藤二朗が激突。シビれるような化学反応を巻き起こしていた。
山田裕貴&佐藤二朗、長セリフの応酬もNGナシ!「二朗さんに本気でぶつかっていけた」
自虐的な発言を繰り返しながら、突如不可解な爆破予告を始めるタゴサク。野方署の所轄刑事である等々力(染谷将太)、見張り役を務める伊勢(寛一郎)がタゴサクの取り調べをスタートさせるなか、実際に爆発が起き始める。その後、警視庁捜査一課・強行犯捜査係の刑事である清宮(渡部篤郎)、そして類家(山田)が彼と対峙。大いに翻弄されながらも、爆発を食い止めようと奮闘していく。
取調室の撮影は、都内ビルの一室に作られたセットで、脚本の冒頭から順を追って撮影を進める「順撮り」によって行われた。伊勢や清宮がタゴサクに振り回されるのを後ろから見ていた類家と同じように、いまかいまかとタゴサクと対決する瞬間を待ち侘びていた山田。ついに類家とタゴサクが対面するシーンの撮影は、「よーい、スタート!」という永井聡監督の掛け声に続いてその興奮や激情がぶつかり合う、とてつもない集中力と爆発力に満ちたひと時となった。
“喋りすぎる”容疑者であるタゴサクは、のらりくらりと刑事たちの問いかけをかわしながら、爆弾に関する意味深なクイズを出し続ける。佐藤は声のトーンやスピード、表情をコロコロと変え、指を立てる仕草といった一挙手一投足に不気味さをにじませていく。おどけた顔を見せていたかと思いきや、狂気や怒りをギラリと目に宿すなど、邦画史に残るようなヴィランの登場に圧倒されること必至だ。対する山田は、真正面からタゴサクと相まみえる力強さと自信を放ちつつ、類家の本心はどこにあるのだろうかと思わせる、決して一色では括れない人間の多面性までを体現。次第に牙を剥き始めるタゴサクに対して、刑事としての正義を静かに表出させていく過程に心を奪われる。永井監督は、彼が演じる類家には「どこかチャーミングさがある」と分析。それは山田が演じたからこそ際立つものでもあり、「山田裕貴の新たな代表作が生まれた」と確信するに十分な熱演を見せている。
とんでもない長セリフの応酬にも関わらず、山田と佐藤は完璧に身体に染み込ませ、セリフ間違いによるNGは一切見られない。彼らの緊張感に満ちた駆け引きを見て、永井監督は「いいですね」とニヤリ。類家とタゴサクが「自分たちは似たもの同士だ」と共鳴するシーンでは、2人が思わず笑い合うというアドリブも炸裂。これは脚本にはないもので、「二朗さんに本気でぶつかっていけた」という山田は、「現場のセッションで生まれたもの。決め込んでやっていたら、あの笑顔は生まれなかった。2人にしかわからない世界があった」としみじみと語っている。
濃密な芝居、ディスカッション…佐藤二朗、撮影期間は「忘れられない3か月」
生の反応に加えて、ディスカッションが活発に行われたのも本作の現場の特徴だ。カットがかかると山田が相談を持ちかけ、「いいよ」と応じる佐藤。またある人物が取調室に乗り込んでくるシーンでは、興奮したタゴサクが立ち上がるのか、座ったままでいるのか。それに対して刑事たちはどう動くのか、濃密な意見交換が繰り広げられた。
「立ち上がるつもりで、考えてきた」という佐藤に、「座ってやってみてください」と演出する永井監督。山田も「相手がそう動くなら、類家はこうするはず」とアイデアを練るなど、役者陣は納得するまでそれぞれのキャラクターらしさやテンション、リアリティを追求し、永井監督はじっくりと耳を傾けつつ自らの考えを提案していく。佐藤は、「僕もプレゼンをして、永井監督もプレゼンをする。すごくいい関係が築けた」と充実の表情。永井監督は、原作に人間の持つ複雑性が描かれているからこそ「このセリフを笑顔で言うのか、シリアスな顔で言うのか。それだけで届き方もまったく違うものになるので、俳優さんとはかなり細かくディスカッションを重ねた」と意図を明かし、「僕自身こんなにも役者たちと話し合い、掘り下げたのは初めてのこと」だと明かす。
タゴサク役として刑事役の実力派キャスト陣と対峙することとなった佐藤は、「いずれも超一線級の俳優さん」と彼らに敬意を表し、「そういう人たちとセッションをできているというのが、本当に楽しくて。しかもその人たちの芝居を特等席で見られる。(撮影期間は)忘れられない3か月」と俳優としてのキャリアにおいても特別な体験をしたと感無量の面持ち。山田は、「類家はキャラクターとしてとても難しい役柄。来る日も来る日も考えて、悩んで苦しみました」と苦労を口にしながらも、「いまの集大成として、全身全霊を賭けて臨んだ」と断言している。そして等々力役の染谷将太、清宮役の渡部篤郎、伊勢役の寛一郎が映し出す刑事としての揺らぎや矜持も圧巻。携わる人々が“全員野球”で挑んだと声を揃えるほど、その気迫がスクリーンに充満している。映画館が取調室に変わる…。戦いのその先になにが浮かび上がるのか、息を呑む緊迫の時間をぜひ体感してほしい。
取材・文/成田おり枝