『異端者の家』チョン・ジョンフン撮影監督が表現する“美しさ”を超えたショット「この映画は、ある種の“希望”を見せるためのものだった」

『異端者の家』チョン・ジョンフン撮影監督が表現する“美しさ”を超えたショット「この映画は、ある種の“希望”を見せるためのものだった」

末日聖徒イエス・キリスト教会のシスター、パクストン(クロエ・イースト)とバーンズ(ソフィー・サッチャー)が布教活動で訪れた家で出会った男性リード(ヒュー・グラント)と繰り広げるサスペンス『異端者の家』(公開中)。本作に撮影監督としてチョン・ジョンフンが参加したきっかけは、以前、スコット・ベック監督とブライアン・ウッズ監督が『65/シックスティ・ファイブ』(23)を撮った際、追加撮影をジョンフンが手伝ったことだった。このように彼らの出逢いは偶然だった。だが、ジョンフンが頭角を現すきっかけとなった、パク・チャヌク監督の『オールド・ボーイ』(03)や『お嬢さん』(16)、エドガー・ライト監督の『ラストナイト・イン・ソーホー』(21)を思い返せば、彼が今回の作品にどれほど相応しいかは理解できるだろう。このたび、MOVIE WALKER PRESSでは、ジョンフンにインタビューを敢行。観客を魅了する独特な恐怖感を生みだす秘訣や、ハリウッドでの撮影秘話について語ってもらった。

「家の構造や設定そのものがある一つのキャラクター」

森の中に一軒家を見つけベルを鳴らす2人。ここから2人を思いも寄らない恐怖が襲う
森の中に一軒家を見つけベルを鳴らす2人。ここから2人を思いも寄らない恐怖が襲う[c] 2024 BLUEBERRY PIE LLC. All Rights Reserved.

今作はシネマスコープサイズが採用されている。迷宮のような家の風景のなかで、会話によって変化していく登場人物たちの表情がワンフレームで収められていることで、本作の奇異な世界観に観客も没入していく。

「まず監督たちの考えている計画に対して 『こう撮りたい』と希望を伝え、お互いに折衷案を出してから、撮影日の朝に俳優たちとリハーサルをしました。撮影現場で俳優たちがあれこれたくさん試してみて“これがいい”と決定したなら、我々も修正しなければならないですよね。ただそれは技術的な修正ではなく、ストーリーそのものをもっと際立たせられるように、ということです。結局、すべてのカメラの動き、画角を通して映画のストーリーが観客に伝わらなければならないからです。また、絶えず会話している映画ですから、それらを単純に見せるのではなく、カメラワークを通じて観客を没入させられるようにしました」。

リードの思考を具現化したような家は、奥に進むほど異様な構造になっていく
リードの思考を具現化したような家は、奥に進むほど異様な構造になっていく[c] 2024 BLUEBERRY PIE LLC. All Rights Reserved.

オープニングを除き、映画はほぼミスター・リードの家の中を舞台に展開する。深い森に佇む一軒家の室内は暗く、意味ありげな壁紙や小道具があちこちに並び、家屋の構造も複雑だ。本作では、横にパンニングするなど移動しながらの撮影も多かった。あるインタビューでジョンフンは、撮影監督ではあるがビジュアルに重きを置くのではなく、“ドラマをどうよく見せるか”を考えると話していた。パク・チャヌクもまた、「重要なのは作品解釈の能力であり、そのような面で誰よりも優れている」とジョンフンに賞賛を送っている。シビアな撮影のなかでも、サスペンスならではの異質さや緊張感が持続するショットを生みだすことができたのは、作品への深い理解があってのことだった。

「監督から渡されたシナリオを読むと、ほとんど視界がないほど暗くしなければならなかったんです。映画ではそれを観客にそのまま見せなければならない。なので観客が信頼できる動きを作るのが、一番私には難しかったですね。そのため、時にミスター・リードになり、時には2人のシスター、パクストンとバーンズとそれぞれのキャラクターの視点でストーリーを理解しようと努力したので、カメラの動きとして自然に出てきたんじゃないですかね。また、家の構造や設定そのものがある一つのキャラクターですが、あらかじめ、綿密な打ち合わせをして作られた構造なんです。だからこそ自然にそれぞれがストーリーをもって、一つ一つのシーンで緊張感に追い込むことができたんだと思います」。

「彼の仕事には隙がないんです。私はとても気楽に撮影できたと周囲にも話しています」

【写真を見る】布教活動を行いに訪れたシスター2人。優しそうに見えた住人の男性にだんだん違和感を覚え始め…
【写真を見る】布教活動を行いに訪れたシスター2人。優しそうに見えた住人の男性にだんだん違和感を覚え始め…[c] 2024 BLUEBERRY PIE LLC. All Rights Reserved.

「実は楽しかったんですよ」と現場の充実感を振り返ったのには、もう一つ理由がある。2023年、WGA(全米脚本家協会)とSAG-AFTRA(全米映画俳優組合)の契約更改をめぐるストライキだ。7月14日にSAG-AFTRAのストライキが始まると、映画やテレビシリーズの制作は即座に休止された。一方、全米映画俳優組合は、ストライキ中もA24作品2本を含むインディペンデント系39作品の撮影を承認していた。ジョンフンによれば、この作品はアメリカの映画にしては低予算だが、ストライキ期間で多くの映画制作がストップしたなか、この予算ではキャスティングできないようなすばらしい俳優とクルーを起用し、立派な機材を使うことができたという。A24との仕事に参加したのは初めてだったそうだが、A24だからこそ実現できた作品だったのだ。

「妻がパイを焼いている」と2人を引き留めたミスター・リードだったが、ブルーベリーパイの香りはするが一向に妻は姿を見せない。さらに、「どの宗教も真実とは思えない」というリードの持論にも、2人は不安を募らせ始める。ここで不意にシスター・バーンズが取るある行動を捉えたシーンについて、プロダクションデザインを担当したフィリップ・メッシーナは「複雑で奇妙なカメラの動きを、観客に違和感を抱かせることなくやってのける」とジョンフンを高く評価。スタッフたちは互いにリスペクトを抱きながらの作業だったようだ。

「フィリップは、あんなに完成度が高いのに本当にいとも容易く仕事をするんですね。一つ一つがとても計画的で、ディテールが実に優れています。もしもプロダクションデザイナーが自身の役割を果たせていなかったら、撮影する側もとても大変なんですよ。いくら照明にこだわっても目立たないし、カメラが動いてもよく見せられないんです。先ほども言ったように『異端者の家』はカメラがとてもたくさん動く作業でした。360度回ったショットを撮るためには、一つ一つの美術がとても重要だったのですが、彼の仕事には隙がないんです。私はとても気楽に撮影できたと周囲にも話しています。とても立派な美術、プロダクションデザイナーです」。


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