沖田臥竜の小説をBABEL LABEL澤口明宏が映画化『木漏れ陽』制作決定!せつなさと温かさが宿るティザービジュアルが到着
<コメント>
●沖田臥竜(原作、監修)
「企画、プロデュースの藤井道人監督と映画『ヤクザと家族』で知り合い、『ムショぼけ』や『インフォーマ』シリーズを一緒に生みだしてきた。私の場合、藤井監督との『出会い』がすべてのメディアミックスの原点になっている。忘れもしない。サイゼリヤだ。サイゼリヤで撮った何気ない写真を藤井監督に送り、それが『木漏れ陽』のスタートになったのである。作り手がわくわくドキドキしなければ、人の心を鷲掴み、揺さぶるような物語なんて生まれてこない。私はいつも藤井監督から『沖田さん!次はこんなのをやりませんか!?』と連絡があるたびに、わくわくドキドキしながら、腕を鳴らすのである。今度は家族愛である。私が筆を握ったのだ。号泣させてやろうではないか。観てくれたすべての人々を私の地元、兵庫県尼崎市から、泣かせてやろうと思っている。澤口監督とは『ムショぼけ』や『インフォーマ』でも一緒にやってきた。とにかく真面目で人柄がいいのだ。どのような仕事でも、人柄のよさと真面目さが最優先されるべきではないだろうか。BABEL LABELのプロデューサー、高柳亮博さんも何年も前から知っていて、今回『木漏れ陽』で高柳さんのもっともっと深い所を知ることが出来た。一言でいえば最高な人物である。ここからは、我々の時代である。映画『木漏れ陽』で一つの時代を作りにきた。大勢の人々を映画館で涙させようと思っている。日本中を号泣させようと思っている。心配するな。私は私で唯一無二である。誰にも真似のできないヒューマンを用意している。誰かの心の片隅に『あの映画、面白かったね』と何年、経っても残ってくれますように」
●澤口明宏(監督、脚本)
「原作を読んで、小泉と子どもたちが過ごす時間が、もう少し続いてほしいと思いました。ご飯を食べながら言い合いをして、くだらないことで笑い、眠る前にはいつもの言葉を交わす。読み終えたあとも、そんななんでもない時間が心に残っていました。だから、この親子の『いま』を映画にしたいと思いました。小泉は、父親としてちゃんとやっているつもりでも、そう受け取ってもらえるとは限らない。漫画を描きたいという夢もあって、誰かのためにしていることと、自分のためにしていることを、本人も分けられていないのかもしれません。それでも、子どもたちを愛していることに変わりはない。そんな小泉を、きれいに整理せずに撮りたいと思いました。残された時間でなにかをなすことが、本当に正しいのか。なにかを遺そうとする小泉を見ながら、そんなことも考えました。ただ、彼らが一緒に過ごす時間のすべてが、別れのためにあるわけではありません。子どもたちには今日遊びたいことがあるし、小泉にも描きたい漫画がある。命に限りがあることと、目の前の毎日を生きていること。その両方を見失いたくありませんでした。今回は、こちらが考えた答えに近づけることよりも、台本から逸脱したとしてもその場に生まれるやり取りを大切にしたくて、ドキュメンタリーを撮るようなアプローチをします。そうして一つひとつのシーンを積み上げた先に、本当になにかが見えてくるのか。なにもない、散漫なものになってしまうのではないかという怖さもありました。それでも、その不安を埋めるために、人物の気持ちや場面の意味を決めてしまいたくはありませんでした。主人公だからといって、小泉のすべてがわかるわけではない。撮る側も、わからない部分を残したまま、その人のそばにいられないかと考えていました。そうした姿勢を保ちながら一本の映画にしていくことは、とても難しく、自分にとって大きな挑戦になります。『ムショぼけ』『インフォーマ』とご一緒してきた沖田さん、そして盟友である藤井監督から、本作の監督を託していただきました。沖田さんが描いたこの親子の時間を、役者やスタッフと一緒に、自分が本当に撮りたいと思える映画にすることで、二人の信頼に応えたいと思っています。死に向かう物語のなかで、最後まで、生きている人間を撮りたい。完成する瞬間まで、この人たちと向き合っていたいと思っています」
文/サンクレイオ翼
