「来た仕事は断らない」押井守も共感する“職業監督”としての黒沢清と、その作家性【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」第7回後編】

「来た仕事は断らない」押井守も共感する“職業監督”としての黒沢清と、その作家性【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」第7回後編】

「黒沢監督はおそらく“いつでも撮れる”という自信がある。そういうところにシンパシーを感じる」

――黒沢さんのホラー、みなさんの反応はどうだったんでしょう?みんな怖かったんですかね。

「日常に不安を抱いている人は恐いと思うんじゃないの?麻紀さんはそうじゃないから黒沢ホラーには反応しないんだよ、たぶん(笑)。人が映画を選ぶように、映画も人を選ぶんです。わかんない人にとって、これほどわかんない映画もないんだと思うよ」

自分の好みだけでなく、「映画も人を選ぶ」ことを解説する押井監督
自分の好みだけでなく、「映画も人を選ぶ」ことを解説する押井監督

――日常に不安…やっぱり、あまりないかも(笑)。

「養老(孟司)さんも言っていたけど、自分の日常をどういう意識で生きているのか、自分で決定できていると思っているのならそれは大間違いです。養老さん流にいうと『自意識ほど信用できないものはない』だから。なぜなら、自意識は『ある』時にあるとしか言いようがないでしょ?ない時には『ない』と指摘できないの。いま、こうやって喋っている私には自意識がある。これは意識できる。でも、バスに乗ってぼーっとしていたり、立ち食い蕎麦を食ったりしている時は自分で自意識を証明できない。大体、家に帰ると自意識はなくなるよね、普通の人は。だからこそ人間は生きていられる。もし24時間、自意識があったらおそらく発狂しちゃいますよ。

自意識というのは、そういう正体のわからないもの。まさに日常と同じなんです。日常は日常だと思った瞬間に誰も耐えられない。なにも考えないから日常に耐えていられる。私や麻紀さんは、その“日常”を『退屈』と感じるから、ゲームをしたり映画を観たりしているの。私はゲームがある限り退屈はしないけどね(笑)」

――黒沢さんの映画で一番好きなのはどれですか?

「やっぱり『CURE』かな。『回路』もおススメですよ。今回取り上げた『散歩する侵略者』は黒沢さんが包丁を研いでいるような映画。いつか使う日のために包丁を研いでいる。監督にはそういう映画、ありますから。映画は絶えず、次の映画のための準備であるということですよ」

――予行練習ですか?

「そういう感じかな。映画は絶えず次の映画の予行練習だと言ってもいい。黒沢さんは基本的には職業監督なので注文されて撮るパターン。本作や『リアル 完全なる首長竜の日』(13)は注文作品で、『CURE』『回路』は自分で撮りたかった作品。おそらく間違ってないと思う。画面に対する執着が違うから。後者2本は粘着質で、それと比べると前の2本は淡泊。包丁を研ぐ余裕がある。『CURE』なんて、そうやって鋭く研いだ包丁を使ってマグロの解体ショーをやった感じ。集中しないとできないんです」

【写真を見る】いったいどんな映画になる?黒沢清監督最新作『黒牢城』は自身初となる時代劇
【写真を見る】いったいどんな映画になる?黒沢清監督最新作『黒牢城』は自身初となる時代劇[c]米澤穂信/KADOKAWA [c]2026映画「黒牢城」製作委員会

――黒沢監督、アートのわりには多作ですよね。

「日本ではユニークな立ち位置なんじゃない?アート寄りにもかかわらず多作なのは、注文を断らないからだと思う。3年に一度、映画祭を狙って映画を撮るアート系の監督とはそこが違う。そういう監督って『お前らにわかってたまるか』みたいな映画を撮るじゃないの。でも、黒沢さんは違う。映画が大好きだから、いつもそうやって撮っていたいんだよ、おそらく。さらに、いつでも撮れるという自信もあるんだと思う」

――押井さんと重なる部分、結構ありそうですね。

「うん。そういうところにシンパシーを感じる。私も撮るのが楽しいし、映画が好きだから来た仕事は断らない。そう決めたの。だからいまも3本も同時進行している」


――3本と言うと『装甲騎兵ボトムズ 灰色の魔女』と、あと2本は?

「そこは突っ込まないの(笑)!あ、ついでに次回の予告をすると、黒沢さんとはまさに対極の監督です。ケレンが大好きな監督で、麻紀さんも大ファンじゃない?」

――なるほど!もしかしてアノ監督かなあ?

「もしかしたらね!(笑)」

取材・文/渡辺麻紀

押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」

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