60年代女の子映画の決定版…チェコの名作『ひなぎく』に込められた“カワイイ!”と自由への想い

60年代女の子映画の決定版…チェコの名作『ひなぎく』に込められた“カワイイ!”と自由への想い

破壊的なまでの新しさがセンセーションに

結果として『ひなぎく』は、監督1人では作り上げることができない、作品へと化けていった。完成して、まずその出来に驚いたのはヒティロヴァーだったという。映画の最初と最後に空爆のシーンがあることに象徴されているかのように、『ひなぎく』の破壊的なまでの新しさはセンセーションを巻き起こした。チェコの国会では、2人のマリエが料理を踏んづけるシーンについて「…国民、労働者が尽力しておいしい料理を作ったとしても無駄にされ、踏みにじられている」などと、真面目に議論されたという。その結果、国内での上映は禁止に。

破壊的なまでの新しさがセンセーションを巻き起こす
破壊的なまでの新しさがセンセーションを巻き起こす[c] Czech audiovisual fund, source: NFA

その一方で、イタリアのベルガモ国際映画祭でグランプリを受賞したのがきっかけとなって、ヒティロヴァーの名声は欧米へと広がっていった。自由のないはずの社会主義国で、こうした映画が作られたことにショックを覚えた者も多かったという。

自由化からソ連の圧力にさらされた激動の時代

国内でも、著名な作家であるミラン・クンデラなど多くの知識人や市民が作品を擁護。『ひなぎく』の上映は、いったんは解禁された。それはまさに、国家による検閲が緩くなっていたことを示してもいた。

『ひなぎく』発表の2年後、1968年春。チェコでは政治指導者のアレクサンデル・ドゥプチェクによって、「人間の顔をした社会主義」が打ちだされ、様々な自由化が行われた。いわゆる「プラハの春」が訪れたのである。しかしその年の夏には、ソ連から戦車隊が差し向けられた。「プラハの春」は、短命に終わってしまう。そして『ひなぎく』は再び上映禁止となり、ヒティロヴァーは1969年から76年まで、活動停止を命じられることとなった。

チェコの国会でも議論を呼び、上映禁止になってしまう
チェコの国会でも議論を呼び、上映禁止になってしまう[c] Czech audiovisual fund, source: NFA

日本でも「60年代女の子映画の決定版」として人気に

日本で初公開されて、「60年代女の子映画の決定版」と支持を集めたのは、1991年になってから。その頃には、ベルリンの壁は崩れ、チェコスロバキアも民主化が進められていた。

いわゆる“渋谷系”の若者などを軸に、日本で『ひなぎく』が人気となったのは、「カワイイ!」ビジュアルに負うところが大きかったのだろう。しかし既存のルールに囚われることなく、破壊行為を行う2人のマリエは、監督らの「自由を求める」意識を具現化した存在。そんな底意があっての「カワイイ!」なのである。

【写真を見る】「カワイイ!」と“渋谷系”の若者にも人気となった『ひなぎく』のビジュアル
【写真を見る】「カワイイ!」と“渋谷系”の若者にも人気となった『ひなぎく』のビジュアル[c] Czech audiovisual fund, source: NFA


製作60周年を記念して公開された今回の『ひなぎく 4Kレストア版』。ヴェラ・ヒティロヴァー監督が唱えた、「破壊と創造は表裏一体」というテーマをより鮮明な映像で楽しんでいただきたい。

文/松崎まこと

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