聖地ルーマニアではテーマパークも建設!?2027年の130周年に向けて振り返りたいドラキュラの映画史
吸血鬼=ヴァンパイアを代表する存在として、高い人気と知名度を誇るドラキュラ。2025年にはリュック・ベッソン監督作『Dracula(原題)』がフランスで公開、ドラキュラ伝説の聖地ルーマニアでは「ドラキュラ・ランド」なるテーマパークの建設計画が発表された。1897年の原作発表から約130年、人々を魅了し続けるドラキュラのスクリーンにおける変遷を俯瞰してみたい。
非公式作品ながら後世に影響を与えた『吸血鬼ノスフェラトゥ』
ドラキュラの最初の映画化とされているのが、1921年の『Drakula halála(ドラキュラの死)』だ。映画化権を取得せずハンガリー・オーストリアで製作された非公式作品で、フィルムも現存していない幻の作品。1922年公開のドイツ映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』も権利の取得がかなわず非公式になった映画化で、ドラキュラ伯爵をオルロック伯爵にするなど人名や舞台を変更。一方で、朝日という弱点やヒロインが自らを犠牲にするなどオリジナル要素が盛り込まれ、個性的なキャラ造形や凝った撮影、ドイツ表現主義を取り入れたデザインワークも見応えがある。1979年と2024年には『ノスフェラトゥ』としてリメイクもされており、もはやオリジナル作品といっていいだろう。
ドラキュラのパブリックイメージを確立した『魔人ドラキュラ』
ドラキュラ映画の元祖というべき作品が、1931年のユニバーサル・スタジオ作品『魔人ドラキュラ』だ。本作のドラキュラは、オールバックの髪型にタキシード、マントを纏ったミステリアスな東欧貴族。それまで怪物的だった吸血鬼のイメージを一新し、現在まで続くパブリックイメージを確立した。主演は、本作の発端になったブロードウェイの舞台でドラキュラを演じたルーマニア移民の俳優ベラ・ルゴシ。芝居がかった振り付けと強い目力、訛りの強い口調が異国の貴族ドラキュラにいっそうのリアリティをプラスした。
ドラキュラのほか、不気味な小動物がうごめくクモの巣だらけのドラキュラ城のビジュアルも、以後のホラージャンルにおける古城のイメージとして定着。ヴァン・ヘルシング教授らが知識を武器にドラキュラに挑むチームプレイのおもしろさも、ジャンルを超えて普及した。映画は大ヒットし、ユニバーサルは『女ドラキュラ』(36)などオリジナルストーリーでシリーズ化。「フランケンシュタイン」や「狼男」などほかの映画シリーズとクロスオーバーしながらユニバースを形成するスタイルを含め、現在のエンタメ界に与えた功績は計り知れない。

