公開時は賛否両論!?押井守監督が愛する、映画『メッセージ』における“SFの快感原則”【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」第5回前編】
独自の世界観と作家性で世界中のファンを魅了し続ける映画監督・押井守が、Aだと思っていたら実はBやMやZだったという“映画の裏切り”を紐解いていく連載「裏切り映画の愉しみ方」。第5回は、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督によるSF映画『メッセージ』(16)をお届け。公開当時に「SFというジャンルでしか実現できないどうしても巧く語れない感動というものが確かにあります。どうやら今年の映画はこの一本で終わった気配です」と大絶賛のコメントを寄せていた押井監督は、いったいこの映画のどこに“裏切られた”のか?
「SF大好き人間、ヘンな映画ウェルカムな連中が狂喜する映画」
――押井さん、前回の『人間蒸発』(67)の最後に「次はまさに賛否両論の映画」だと予告してくださいましたが、その作品とは…。
「『メッセージ』です。監督は私の大好きなあの人、どうがんばっても名前の覚えられない人…」
――ドゥニ・ヴィルヌーヴですね。「DUNE/デューン」シリーズで知られるカナダ出身の監督です。ちなみに『メッセージ』の原作はテッド・チャンの中編「あなたの人生の物語」です。
「私は原作を読んでないんだけど、かなり違うんでしょ?」
――違います。そもそも原作はもっとも映画化に向かない題材だと思います。異星人とコミュニケーションをとる方法を見つける過程を丁寧に追いながら、主人公の言語学者の認識がどう変わって行ったのかを描いた小説ですから。私は原作を読んでいたので、そのアダプテーションのすごさにまず驚きました。映画的に様々な手を加えてはいるんですが、テーマはまるでブレてない。すばらしいと思いました。
「私は手つきがいいと思ったんだよ。最初に描かれるのは主人公の言語学者(ルイーズ=エイミー・アダムス)が自分の娘と遊んでいる姿なんだけど、その子が病に倒れて亡くなってしまう。最初は、これは彼女の過去の出来事なんだと思うんだけど、物語が進むうちに未来の話だとわかる。それはなにを意味しているかといえば、彼女が未来を知っていたということと、娘が病気で死ぬということまでも知っていた。そして、それにもかかわらず子どもを産んだということ。時間の流れというのは過去から現世、そして未来と一方的にしか認識できないのではなく、過去も現世も未来も同じように流れている。これは、とてもSF的な世界観で、まずそれに驚いたよね」
――本当にSF的でした。
「でもさ、映画のほとんどは時系列順に物語が流れていると思い込んでいるの人のほうが圧倒的に多いので、そういう人たちは大混乱したんですよ。結論が冒頭に用意されていることもわからないし、彼女が中国の将軍の電話番号を知っていて、見事に戦争を回避したというのもわからない。彼女が未来で教えてもらっていたということが理解できないんですよ」
――テーマのひとつは、新しい言語を知ることで、新しい世界が拡がったということ。ルイーズが未来を認識する新しい力を得たということですよね。
「でも、多くの人は『なんだそれ!?』『ふざけるな!』になっちゃう。ちゃんと映画を観ていればそんな混乱は起きないはずなのに、そうなってしまう。私の周りも麻紀さんの周りもみんな『これはすごい!』だったわけでしょ?私やしんちゃん(樋口真嗣)や佐藤敦紀のようなSF大好き人間、ヘンな映画ウェルカムな連中からするとまさに狂喜するような映画。よくぞやってくれた。しかもこういうテーマをメジャースタジオが製作するんだからハリウッドの映画人はすごいぞってね。ところが現実は、それとは反対の人が驚くほどたくさんいたということなんだよ」
――知らなかった…。わからないという反応はあるとは思っていましたが、「ふざけるな」なんていうのはびっくりです。
「私も今回、この話をするまえにネット上でどんなことを言われているのか調べてみたの。そうしたら、出るわ出るわの罵詈雑言。映画というものは時間軸に沿って物語が流れるものなのに、そうはしてないからこれはペテンだとか、あざとく混乱させられたとか、本当にひどいもんですよ。彼女たちが対峙するタコエイリアンが気に入らない、そういうヤツが墨を吐いて言語だなんてふざけるな、とかね。私はあの墨の輪っかにハマって、Tシャツが欲しかったくらい。すばらしいデザインじゃないの!」

