日本の映画産業が”世界で最も堅牢”と評価される理由は?中川龍太郎監督作品から『チェンソーマン』まで語る、映画祭ディレクター座談会

インタビュー

日本の映画産業が”世界で最も堅牢”と評価される理由は?中川龍太郎監督作品から『チェンソーマン』まで語る、映画祭ディレクター座談会

「日本の映画業界は、例えば韓国や中国と比べた場合に、コロナ前と比べても、量、質ともにずっと安定している」(ベルタッケ)

――映画祭ではたくさんの日本映画が上映されていますが、いま現在、日本映画は世界でどのように受け止められていると思われますか? また、これらの日本映画がさらに世界で観られるためには、文化面、産業面において、どのようなことが必要だと思いますか?

ベルタッケ「先ほどの質問にちょっと答えを付け加えさせていただくと、映画祭の持っている重要な役割の一つとして、アメリカやヨーロッパでアジア映画が上映されるにあたって、映画祭でセレクションが非常に重要になってくるわけですよね。映画祭に選ばれることで、字幕が付いたりですとか、雑誌やウェブメディアなどで取り上げられるということがあるので。つまり西洋やヨーロッパ、アメリカで映画の存在を認知させる手段になるからです。 映画を選定するうえで重要なのは、日本や韓国、北京に実際に赴き、それらの映画が生まれる文化的背景を理解することです。これが映画祭にとって最も重要な点であり、同時に現代の映画祭では交流の場としての役割も求められています。人々が集い、出会う場として機能することが重要だと思っています」

バラチェッティと同僚で、配給会社Tucker FilmのCEOも務めるトーマス・ベルタッケ氏
バラチェッティと同僚で、配給会社Tucker FilmのCEOも務めるトーマス・ベルタッケ氏撮影/杉 映貴子

バラチェッティ「日本映画についてですが、私は日本の映画界は非常に安定していると見ています。アート系映画でも商業映画でも、常に良質な日本映画を見つけられます。国際的にも、日本の映画は非常に高く評価されていると思います。例えば今年のカンヌ国際映画祭では、5本もの日本映画が上映されました。いままでで最多の記録じゃないでしょうか? 来年は是枝(裕和)監督の新作映画と、濱口竜介監督の映画をぜひ観たいと思っています。

西洋や国際的な視点からも、日本映画は非常に高く評価されています。一方で、日本国内向けのローカルな作品も確かに存在します。例えばコメディ作品などは、国際的な観客が(文化的背景を)真に理解するには少し難しい面もあります。とはいえ、有名監督や商業映画に関しては、主要な映画祭で選出される可能性が高く、国際的な観客にも理解されるチャンスがあります」

ベルタッケ「少し付け加えるとすると、日本の映画業界は、例えば韓国や中国と比べた場合に、コロナ前と比べても、量、質ともにずっと安定しているというふうに思っています。日本の映画産業は世界で最も堅牢であり、唯一無二の存在です。パンデミック中もほぼ同水準を維持していた国はほかにありませんでした。いまハリウッド映画の弱体化が言われるなか、日本はコンスタントに映画を製作し、韓国映画やテレビシリーズと比べた場合も、質が安定しているなと思います。日本でもドラマシリーズを多く作っていると思いますけれども、それらが海外で成功するためには、例えばアクションだったりコメディだったり、いろいろなジャンルのシリーズが必要なのではないでしょうか」

長年同僚として映画祭の運営に従事してきたサブリナ氏とベルタッケ氏は互いの発言を補足し合い息もぴったり
長年同僚として映画祭の運営に従事してきたサブリナ氏とベルタッケ氏は互いの発言を補足し合い息もぴったり撮影/杉 映貴子

チョン「1980年代は、中国映画、台湾映画がアジアの映画をリードしていました。 それから90年代に入り、イランの映画の勢いがありました。 2000年代の初めにはポン・ジュノ作品をはじめとする韓国映画が、アジアの映画をリードしていたんですけれども、2010年になりますと――これはあくまで私個人の意見なんですが――フィリピン映画や東南アジアからアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が出てきて、アジア映画界において大きな役割を果たしてきたと思います。それでは、2020年代のいまはどうでしょうか?濱口竜介監督や三宅唱監督、それから五十嵐耕平監督みたいな方も出てきて、こういった監督がアジアの映画を牽引していると思います。国際映画祭における位置付けだけでなく、映画史においても、日本映画の立場は極めて重要になっていると思います。

最新作『旅と日々』が公開中の三宅唱監督の名前も座談会中たびたび挙がった
最新作『旅と日々』が公開中の三宅唱監督の名前も座談会中たびたび挙がった[c]2025『旅と日々』製作委員会

ただ一つ、産業的には問題がありまして、これは日本、韓国ともに共通していることで、日本がそれを先に経験し、あとから韓国が経験するだろうということでお話したいと思います。アートハウス系の映画と商業系の映画が完全に二分化していることです。これまで、評価を受けている監督はほぼアートハウス系から出てきて、商業映画のほうからはあまり出ていないということがありました。韓国において、『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督がすばらしい監督だと言われている所以は、アートハウス系と商業系の真ん中の立ち位置にいるからだと思います。ですから、韓国であれ日本であれ、中間地点に立って映画を制作できるよう監督がどんどん増えてほしいなあと思っています」

「アートハウス系のシネフィルたちが『チェンソーマン』の映画版を観て、その編集の力、ショットの力を感じてほしい」(チョン)

――いまチョンさんが言われたことにも近いんですけれど、アートハウスと商業的な映画が分かれているということで、皆さんの国の観客も二分されているんでしょうか? アジア映画や日本映画を観る観客は広がっているんでしょうか?

ベルタッケ「私たちの映画祭でもイタリアでも、(アジア映画や日本映画を)観たいと思う人は増えているんじゃないかというふうに感じています。問題は、私たちが年を取ったこと。映画祭に出かけて行く私たちは、時折、実際に映画館で映画を観る観客から距離があるのではと思います。例えば『鬼滅の刃』の大ヒットについて考えると、イタリアでも映画館に『鬼滅の刃』を観に行った観客がどれだけいたか。そう考えると、おそらくあなたの言う通り、アジア映画や日本映画を観たいと思う観客の母数は増えているんじゃないかと思います」

チョン「結論から申し上げますと、観客の側もその映画の二分化の方向になっていくと思います。韓国では、アートハウス系の観客と、ブロックバスター系の観客とが、お互いに相手を罵り合うというか、そういった事態にもなっています。今年、日本の『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』と『チェンソーマン レゼ篇』が韓国で上映され、とても大ヒットしました。個人的には『チェンソーマン』はとても芸術的な作品だと思いました」

【写真を見る】『チェンソーマン レゼ篇』(公開中)は、韓国で歴代アニメ映画の興行収入の第5位を記録
【写真を見る】『チェンソーマン レゼ篇』(公開中)は、韓国で歴代アニメ映画の興行収入の第5位を記録[c] 2025 MAPPA/チェンソーマンプロジェクト [c]藤本タツキ/集英社

「ところが、この私の反応(=『チェンソーマン』を芸術的だと言うこと)に対して、『長く映画記者をやり、また映画祭ディレクターを務め、映画評論家でもある人物がそれでいいのか?』というような反応が返ってきました。私が『チェンソーマン』を例に挙げたのは――多分皆さん『チェンソーマン』をご覧になったと思うんですけれども――エピローグ部分はまさにほとんど芸術だと思いました。実験映画に近いものだと思うんですが、日本のアニメーション映画が持っている編集の力が際立っていたと思うんです。私が願っているのは、アートハウス系のシネフィルたちが『チェンソーマン』の映画版を観て、その編集の力、ショットの力を感じてほしいと思います。また、いままで商業映画しか観てこなかった人たちには、そのショットの力を感じて、そこからアートを感じて、アートハウス映画も試してほしいと思うんですよ。

映画祭の持つ力は、観客を惑わすと言うのでしょうか、混乱させることだと思うんですね。『この映画はなんなんだろう?』と強く感じて、ちょっと混乱してしまう。そうすると、そこからとてもポジティブな、映画を愛する観客が生まれてくる。まさにそういうふうに観客を混乱させることが映画祭の役割の一つだとも思います。個人的な感想からこんな話をしましたが、私と『チェンソーマン』はなんの関連もありませんが(笑)」

一同「(笑)」

くだけた表情で撮影に応じてくれたチョン・ハンソク、サブリナ・バラチェッティ、トーマス・ベルタッケ
くだけた表情で撮影に応じてくれたチョン・ハンソク、サブリナ・バラチェッティ、トーマス・ベルタッケ撮影/杉 映貴子

取材・文/平井伊都子

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