押井守監督、兵藤まこは「僕のミューズ!」『天使のたまご 4Kリマスター』トークイベントで40年前の作品の上映機会に笑顔で感謝
開催中の第38回東京国際映画祭にて10月31日に『天使のたまご 4Kリマスター』(11月14日公開)のトークイベントが開催され、押井守監督と少女役の声を担当した兵藤まこが登壇。本作以降、数々の作品でタッグを組んできた2人が、息の合ったトークを繰り広げた。
監督自身による監修のもと、35mmフィルムの原盤から4Kリマスター化し、ドルビーシネマ対応版も制作された『天使のたまご』は、押井監督が1985年に発表した”伝説のOVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)”で、期間限定で劇場公開された。原作、アートディレクションを天野喜孝が務め、その美しい映像と圧倒的な世界観でファンから熱く支持されている作品で、今年5月に開催された第78回カンヌ国際映画祭クラシック部門に選出され、日本に先駆けワールドプレミア上映を果たした。
冒頭の挨拶で「40年前の作品がこうやって世に出るとは思わなかったです。長きにわたり(作品を)守ってくださってありがとうございます」と感謝を伝えた押井監督は「いまのお客さんはどう思うのか。半信半疑で来ました」とニヤリ。本作について押井監督は「よくこんなもん作ったな。よく作れたなと。でも、やっておいてよかったです。いまはこれをやれと言われてもできないし、企画自体も通せないと思います」とも語った。
改めて本作を観た感想を問われた兵藤は当時を振り返り、「アニメーションに声をあてるという技術を学んでいなかった。夜の8時に収録がスタートして、深夜の2時に終えたという記事を見つけた時に、初めてとはいえ大変なご迷惑をかけたんだなと思いました」と照れ笑い。さらに「当時はフィルムの時代。監督にもご迷惑をおかけしました」と微笑みながらお詫びをした兵藤は、「当時、頭が真っ白になったことを思い出しました」と収録時の光景が蘇ったとも話していた。アフレコで押井監督にわからないところを質問するも「理解できなかった」と明かした兵藤は、「だから時間がかかったんです」とアフレコに時間を要した理由は自身の”理解度”だったと強調。演じた少女について「爆音で戦車が後を追いかけて入ってくるのに怯えもせず、という状態。戦争が日常化してしまうと驚くこともない。この少女も過酷な環境を潜り抜けてきたんですか?と改めて先ほど監督に訊いてみたら、違うよって言われて…」と兵藤がイベント前の押井監督とのやりとりを打ち明けると、会場は大爆笑していた。
本作以降、兵藤は映画『紅い眼鏡/The Red Spectacles』(87)や『トーキング・ヘッド』(92)など、押井監督の実写作品にも出演。『天使のたまご』でのキャスティング理由を訊かれると「オーディションのテープを聴かせてもらい、その場で決めました」と、ひと目惚れだったことを明かす。その際、兵藤が声の仕事は初めてであることを伝えられたというが、音響監督の斯波重治からの推薦もあったと補足した押井監督は「のちにご本人(兵藤)にお会いしたのですが、想像と違っていて…」と笑顔で振り返り、「あまりにも綺麗だった。ちょっとビックリしました」と、兵藤の美しさに驚いたと告白。続けて「『天たま』が終わったあとで、『映画の仕事をしません?』と速攻で誘いました」と振り返った押井監督。兵藤に声をかけた理由について「声だけでなく姿形もぜひフィルムに残したかった。ひとことでいうとミューズだった。映画監督には大体ミューズがいるもの。僕にとっては彼女がそういう存在でした」と説明する押井監督の言葉に兵藤は「ありがとうございます」とお礼。
押井監督は兵藤から「『トーキング・ヘッド』だったかな。幻影や幽霊といった特殊な役ばかりで、『なぜセリフが少ないの?』と言われて…」とニヤニヤ。すかさず兵藤から「セリフが少ない仕事ほど難しいことはない。ひと言ですべてを表現しなきゃいけないのだから…」と柔らかな口調でクレームが入る場面も。『天使のたまご』もセリフが少ないことに触れた兵藤に、押井監督はアフレコで2つだけ覚えていることがあると切り出し、「『あなたはだあれ?』というセリフがあって。一番大事なセリフで、何十回もやってもらった記憶があります。誰とは、誰に向かって言っているのか。自問しているのかもしれない。この映画は実存主義と言われたことがあったけれど、あながち間違っていない。自分の存在を問うような登場人物ではある。とても難しいセリフでした」と語る。押井監督のこの解説をしている間も、兵藤から「どんな中身を考えていらっしゃったのですか?それを教えてくだされば(よかったのに)。(意図が)わからなかったから…」などとツッコミが止まらず。2人だからこその息の合った思い出トークに、会場は大爆笑していた。
押井監督がもう一つよく覚えていることは、卵が割られた翌朝に少女が悲鳴をあげるシーンだという。「僕は録らないつもりだし、いらないと思った」と話した押井監督だが「(音響監督の)斯波(重治)さんと相談して、一応演じてもらいました」と経緯を説明。兵藤が発したセリフに「やってもらって凍りついた。すごかった。基本的に静かなシーンの映画のなかで唯一感情が明らかになるシーン。録っておいてよかったです」と笑顔に。すると兵藤がすかさず「何回も演出を受けて、本当に泣いたんです。嗚咽は本物です」と明かし、貴重なアフレコ裏話を聞いた観客から、改めて大きな拍手が送られていた。
最後の挨拶で兵藤は「作品を支えてくださった皆さんに感謝するばかりです」としみじみ。押井監督は「40年前の作品です。スタッフもだいぶ、鬼籍に入りました。根津甚八さんも。あの方たちが生きていれば、今日の日を喜んでくれると思います。僕も(この作品はもう)終わったものだと思っていたけれど、こうやって観ていただけることになった。ありふれた感想ですが感無量です」と締めくくった。
取材・文/タナカシノブ

