”家族の絆”をハートフルに描いた『パディントン 消えた黄金郷の秘密』松坂桃李にインタビュー。「帰れる場所があるから、自分の毎日を頑張れる」
「壁にぶつかった時は、1回立ち止まる」
ルーシーおばさんが残した地図を手がかりに、インカの黄金郷があるというジャングルの奥地を訪れるパディントン。ルーシーおばさんの名を呼ぶ懸命な姿に「せつないですよね。見ていて胸が苦しくなりました」と想いを寄せる。「パディントンは真摯で純粋。だから見ている僕たちの心も浄化されていくんだと思います」と魅力を分析する。
黄金をめぐる冒険に対しても「興味はそそられます。徳川埋蔵金とか、やっぱり気になっちゃうし(笑)。よくテレビで開かずの金庫を開けるシリーズとかやっていると、つい観ちゃいます」と好奇心でいっぱい。「お宝探しは、きっといくつになっても好きだと思います。宝の地図とかいいですよね。そこにバツ印があるみたいなのは、いまでも心が躍ります」と声を弾ませる。
古今東西、アドベンチャー映画は傑作ぞろい。松坂も「インディ・ジョーンズ」シリーズや『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(99)に少年心をくすぐられた。なかでも「『ハムナプトラ』で大量の虫に襲われた人が一瞬で骨になるシーンがあるんです。あれは子どもながらに結構衝撃でした」と、いまも鮮明に脳裏に焼きついているのだとか。本作でもインカの遺跡へと向かうボートが激流に呑まれたり、手に汗握るシーンが盛りだくさん。「黄金郷をめぐるツアーとかあったら行ってみたいです。あ、でもボートが沈むのは困ります(笑)」とおちゃめに目元を綻ばせた。
次々とピンチに見舞われるなか、パディントンは「行き詰まったら座って落ち着けば、“ハット”ひらめく」と言う。松坂自身も壁にぶつかった時の対処法は「パディントンの考えに近いかもしれない。無理に乗り越えようともがくのではなく、まずは1回立ち止まって冷静になってみます」と明かす。
「1回冷静になってみると、変にこだわっていたところが、そんなに気にしなくても大丈夫かと思ったり、不安だったものが解消されたりするんです。問題にちゃんと向き合えるメンタルをつくるためにも、ちょっと違うことをしてみるって大事。そうすると、またまっさらな気持ちで向き合うことができるんです」。
最近ぶつかった壁は、この冬放送された主演ドラマ「御上先生」だという。「官僚と教師という2つの顔を持ち、生徒と向き合うなかで御上自身も変化していく。そのグラデーションをどう表現するかは、撮影に入る前からいろいろと考えていました」と振り返る。亡き兄の残影を追いかけながら、信念を貫き、日本の教育の変革を果たそうとする御上先生の胸中を、松坂は目で表現していた。そう伝えると「本当ですか」と相好を崩す。輝かしいキャリアを重ねてもなお、柔和で、誠実な人だ。「教室でのシーンは特に目の前の生徒一人ひとりに言葉を届けるということを考えていました。ちゃんと僕の言葉が届けば、相手もリアクションがしやすくなる。みんなの気持ちを引きだせたらと思いながら話していたので、そこが目の芝居につながっていたのかもしれません」。
「御上先生」は放送中から絶大な反響を呼び、冬クールトップの高視聴率でフィニッシュ(編集部注:ビデオリサーチ調べ、関東地区/平均世帯視聴率を参照)。壁を乗り越えた松坂に湧き上がったのは、「悔いはない」という達成感だった。「あの教壇に立つとすごく緊張するんです」と初々しくはにかみ、「そこに立ち向かう心の強さは、いままで踏ませてもらった数々の現場で培ったもの。いろんな先輩方とご一緒してきた時間と経験のすべてを使い切ることができました」と満足そうに噛みしめた。
「安定志向な自分がわりと嫌いじゃない」
経験は、なによりの財産になる。だが一方で、経験を積めば積むほどリスクを恐れるのが人間だ。保険会社でリスクマネジメントの業務に携わるブラウンさん(ヒュー・ボネヴィル)は、新しい上司から「リスクは友だちよ」と諭され、パディントンと共に冒険の旅に出た。ハイリスク・ハイリターンの道と、ローリスク・ローリターンの道。分岐点を前に、どちらを選ぶか。松坂はあっさりと「僕は後者のほうが好きです。常に安定志向なので」と微笑む。数々の問題作や難役に挑んできたキャリアを思えば、とても安定志向には見えない。
「そんなことはないですよ。たぶんそう思っていただけるのは、時々そういう役をやっているからかもしれません。リスクをとって挑戦するにしても、まずは安定した基盤が必要。そうでないと、ただの“形無し”になってしまう。まずは型をしっかりと固めて、そのうえで5年とか10年くらいのスパンでたまに“型破り”なチャレンジをする、というのが僕の理想。それ以外の日々は、むしろ平穏なほうが好きですし、そんな安定志向な自分がわりと嫌いじゃないんです」。
大好きなルーシーおばさんのために、クマ史上最大のアドベンチャーへ繰りだすパディントン。日々の生活にも、ささやかな冒険があふれている。行ったことのない場所。着たことのない色の服。あまり選ばないジャンルの映画。すべての未知は、冒険に続く旅の扉だ。安定志向の松坂が最近経験した冒険について尋ねると、「なんだろうな。うーん」とじっくり10秒考えて、松坂は「僕、浅草花やしきに行ったことがなくて」と切りだした。「この間、初めて行きました。楽しい乗り物が本当に多くて。いちばんおもしろかったのが、お化け屋敷。カートに乗って進んでいくタイプで、それが2人乗りだったんですけど、人数的に1人になってしまって。1人で乗ると意外と怖かったです(笑)」。
ブラウン一家に負けない家族の愛を胸に、松坂桃李はこれからも役者という地図もコンパスもない冒険の旅を続けていく。
取材・文/横川良明