“純粋悪”として観客の心まで支配…北村匠海が映画『シャドウワーク』で見せるトラウマ級の暴力性
北村匠海の“純粋悪”としての存在感
晋一を演じる北村は、これまでも闇や影を抱えたアウトローな役柄を演じている。例えば、市役所職員が破滅の道を突き進む『悪い夏』(25)では、道徳観を失い悪に手を染めていく人間の弱さや哀愁を惨めに体現し、『愚か者の身分』(25)では闇ビジネスの世界で生きざるを得なかった青年の葛藤や情愛を見事に演じ切った。
彼の演じる“陰のある役”には、常にどこか人間的な脆さや、環境によって追い詰められた理由が存在していた。しかし、本作における晋一には、そうした同情や言い訳の余地、悲哀の影すらいっさい存在しない。
物語後半、晋一はシェルターでなにが行われているのかを突き止める。そこで、ある事件がきっかけでシェルターに興味を持っていた薫をおびき寄せる計画を思いつく。権力でシェルターの女性たちを脅し、薫の自由を奪う。容赦なく殴り、蹴る。響く、薫のうめき声、叫び声。これにDV被害を受けてきた女性たちが耐えられるはずがない。
しかし女性たちは反撃に出る。1対1がダメでもみんなで協力すれば戦えるはず。全員で立ち向かっていくが、晋一はほかの女性たちにも容赦がない。殴る、蹴る、踏む。女性たちもなりふり構わず攻撃を仕掛けるのだが、なにせ晋一は警察官だ。とにかくフィジカルが強い。
正直にあえて言わせてもらうが、ここまでの北村がひどい。ひとすぎる。そう感じてしまうほど悪に振り切っている。わずかな正義も贖罪もない“純粋悪”なその芝居は、間違いなく彼のキャリアにおいても異彩を放っている。アウトロー役で見せてきた哀愁を完璧に削ぎ落とし、ただただ恐怖と暴力の象徴としてそこに鎮座する凄まじさ…。
それでも女性たちは晋一に食い下がり続ける。それはこの映画のなかにある、悪に女性たちが屈しないことを象徴するシーンであったのかもしれない。それにしても、北村匠海の一度も笑わない目が印象的。しばらくは忘れられなくなりそうだ。
文/ふくだりょうこ
